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短編集 | とある街で | 4:30 p.m.昇降口、メロンパン

とある街の、ある日。
どこかにいるかもしれない9人の物語。
知らない誰かとも、どこかで繋がっている日常を、
おやつと共に描く短編集。
(2021年11月開催 絵とことばの個展「おやつ展2」より)


帰りのホームルームが終わり、先生から返却された携帯を開くと、「ねぇ、さっきヤバかったんだけど♡♡♡あと、コーチに対戦表もらってから向かうから昇降口で待ってて」と美咲からのメール。

ホームルームの前に、近くの席のみんなで雑談していた時のことだ。話はひょんなことから好きなパンの話になり、美咲が片想いしているサッカー部の吉田が珍しく話に混ざってきた。

「俺さ、クリームパンが好きなんだけど。お前、何パンが好き?」美咲の前の席の後藤が振り返って言った。野球部の坊主だ。
「何、突然。ウケるんですけど。」美咲が笑う。
「いや、俺マジ最近クリームパンにはまっててさ、駅前の商店街のパン屋のやつがマジ美味いわけ。」後藤がでかい声で喋っていても、美咲の隣、サッカー部の高橋は机に突っ伏して寝ている。
「いやいや、駅前のパン屋なら、絶対あんバターサンドでしょ。」と美咲。
「え、わかる。俺も絶対あんバターサンド。」美咲の斜め前の席、吉田が振り向いてきた。
「うそ、吉田も?一緒。」美咲の顔がにやける。それを押し隠そうとして、美咲が千尋は?とこっちに振ってきた。
「え?あたしは、メロンパンかな。」事も無げに返すと、野球部の後藤が、「きた!メロンパン!」と意味もなくでかい声を出す。周りが騒いでいても、高橋は動じず眠っていた。

たった一言二言、吉田と話せただけで、その日の美咲は有頂天だ。サッカー部のストライカーで、アイドルっぽい顔立ちの吉田は、中二の秋になってから既に二人に告白されているらしい(後藤情報)。未だ誰とも付き合っていないからこそ、吉田の好きな人は誰なのかを妄想し、美咲は一喜一憂している。

夕方の昇降口は、帰宅する生徒と部活へ行く生徒で賑わっている。さりげなく待ち合わせて帰るカップルもいる。そんな彼らや美咲を、どこか自分とは異世界の人たちのように感じる。

「おい、何ぼーっとしてんだよ。」声の方を見ると、高橋が座り込んでいた。

「おつかれ。部活?」
「おう。そっちも?」
「うん。美咲待ち。」
「お前さ、腹減んない?」
何で?と返すと、高橋はスポーツバッグから何か取り出し、差し出した。
「俺、今日食べる時間ないからやるよ。好きなんだろ。」

売店のメロンパンだった。こいつ、寝たふりして話聞いてたのか。

「ごめん、千尋お待たせ。あ、高橋おつかれ。」美咲もウェアに着替えてやってきた。

気づけばメロンパンはリュックの上に置かれていて、高橋は校庭へと向かっていた。

あいつ、意外と背が高いんだな。

「高橋、吉田と帰るのかな??」いつもに増してテンション高めの美咲に、どうかな、と返す。メロンパンのことは美咲に言わないでおこうと思った。

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