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短編集 | とある街で | 8:00 a.m.喫茶店、モーニング

とある街の、ある日。
どこかにいるかもしれない9人の物語。
知らない誰かとも、どこかで繋がっている日常を、
おやつと共に描く短編集。
2021年11月開催 絵とことばの個展「おやつ展2」より)

photo by Atsumi Hamada

朝一番、メール一件、上司から。
「佐藤さん 午後の資料を添付します」午後からの社内ミーティング資料だ。

ない。添付がない。ため息をついた。
もう何度目だろうか。部下の私が言うのは何だが、とにかく詰めが甘い上司は、連絡事項も漏れが多い。
会社に寄ってから打ち合わせに向かった方が良いだろうか。いや、きっと上司に捕まるだろう。予定通り、クライアントの会社へ直接向かうことにした。

出版社に勤めて7回目の秋が来た。地域雑誌やフリーペーパーの編集を担当している。仕事柄、季節を先取りして情報を取ることが常で、かえって実際の季節を体感しづらくなっている。

会社と反対方向の電車で二駅。家からは一駅だが、普段は降りない閑静な町だ。
駅前のコンビニでホットコーヒーと菓子パンを買う。飲もうとした矢先、携帯が鳴った。入社二年目の後輩からである。
「絵梨さん、朝からすみません。今日の午後の企画書ですが、間に合わなくて......。明日でもよいでしょうか?」

「えぇっと......。」

打ち合わせは今日なの。今日はあなたの企画書のために時間を作ったミーティングなんだけど。そう言いたい気持ちをぐっとこらえ、どうオブラートに包もうか考えを巡らせる。

状況を聞いて、出来ているところまでで打ち合わせできるように事を運んだ。社会人7年目ともなると、こういったことに動じなくなるものだ。

電話をしながら歩いているうちに、小さな公園に面した通りに出た。入り口のいちょうの木がほんのり黄色に色づいている。

ぎーっとドアが開く音がして、通りの小さなお店から、おばあさんが出てきた。昔ながらの喫茶店のようだ。店先の立て看板には、モーニングと書かれている。

「あら、おはようございます。朝から若い人は忙しいのねぇ。」おばあさんが話しかけて来た。

「あの、お店って週末もやっていますか?」
「はいはい、うちは年中無休です。お父さんは怠け者だから、私がこうしてね。」おばあさんは手際よく落ち葉を掃いてまとめながら返した。

メールの受信音、再び上司から。
「先程は添付わすれました。再送します」
添付、再びなし。

それ程イラっとしないのは、週末くるべき場所ができたからだ。熱いコーヒー、トーストに甘いジャム、ゆで卵もつけよう。

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