メタバース 徹底して解るまで その15
さて、いよいよメタバースの定義である。Ball のThe Metaverseにおける『定義」の特徴は3次元空間からインターネットプロトコル、さらにはそのしたのデータ構造までの複数のレイヤーを縦に組み立てて、それをメタバースの定義としているところである。個別のレイヤーについて語っているわけではない。また個別のレイヤーはある意味すでにあるテクノロジーなのでこの組み合わせが、シュンペーターからクリステンセンに流れる「破壊的イノベーション」となり、鉄道網、電話網、インターネット網という19世紀から21世紀にかけて大きく社会を変えていったインフラストラクチャーを破壊して次のインフラストラクチャーを生み出していくとしているところだ。では順番に紹介していきたい。
定義は次の9つからなる。
1)Virtual Worlds
2) 3D
3) Real-Time Rendered
4) Interoperable Network
5) Massive Scaled
6) Persistance
7) Synchronous
8) Unlimited Users and Individual Presence
9) Data structure
である。8)と9)はこの章の記述では、最初の7つの定義と並列させているが、Ballの主張であり、その分わかりにくい書き方になっている。僕はそれに賛同するところがあるので、説明を加えて定義として扱っている。詳しくは後ほどのnoteで書くことにする。
では、順番にBallの本に従ってメタバースの定義を詳しく解説していきたい。
1)Virtual Worlds
すでにメタバースの展示会はいくつも今年の前半に行われている。ぱっと見てメタバースだと説明できるのはこの世界はデジタルデータで作られた仮想世界 virtual world だ、ということである。もう何十年も我々は仮想世界に『ゼルダの冒険』のようなビデオゲームを通じて親しんできた。またデズニーのピクサーの映画やワーナー・ブラザースの「マトリックス」などで仮想世界のイメージは何となく理解できるだろう。メタバースはこのイメージが先行して、実際に登場してきたゲームとかエンターテイメントの経験を意味するのだと思われている。
確かにメタバースの環境は3次元空間であったり二次元空間であったりする。またMUDのようなゲームの場合、文字だったりする。だが、ピクサーの映画は鑑賞するだけで、その環境のなかにユーザーとして入ることは出来ないし、ゼルダの冒険は自分1人しかユーザーとして参加できない。この個人のユーザーはゲームをしているときに多種類のデバイス、キーボード、モーションセンサー、あるいはユーザーの動きを追いかけるカメラにつながっていたりはする。
Virtual worldは「実際の世界」を忠実に表現することもある。この場合は「デジタルツイン」と呼ばれ、ゲームの舞台のようなときもあれば、工場における作業を学ぶ空間だったり、商売が行われる場所であったり、ヨガなどのレッスンが行われる場所であったりする。このようなメタバースも展示会レベルではわれわれはすでに親しんでいるものだろう。またこうした空間で行われるゲームに関しても我々はイメージできる。たとえば任天堂の『The Legend of Zelda: Breath of the Wild』などだ。
だが、現在市販されている仮想世界で人気を博しているのはこうしたゲームではない。同じ任天堂からでている『Animl Crossing: New Horizons』である。
Animal Crossingは日本語タイトルは「あつまれ動物の森」である。これは従来の意味でのゲームではない。明確なゴールもなければ、勝ち負けがあるわけでもない。南の島で人間を形取った動物によるコミュニティを作り、庭木を育て、自分の場所を作り、ちょっとした小物の売り買いをする。
仮想世界でいま活発なのはこのようなゲームプレイ(ゲームを行う目的)が存在しない活動なのだ。たとえば香港国際空港のデジタルツインがある。これはゲームエンジンUnityによって作られており、空港のメンテナンスや改装をパッセンジャーの動きにあわせておこなうものである。
空港のデジタルツインは他にもあるが、空港全体がデジタルツインとして作られていて、そこに実際の交通、天候などのデータ、警察や救急隊のデータが反映するようになっていて、都市計画の専門家がゾーニングや建築計画の承認などを行う。
このようなヴァーチャルワールドは3次元グラフィクスの専門家がつくることもあれば、アマチュアがつくることもあり、ビジネスを考えることもあれば、好きで作って公開していることもある。この世界を作る作業量はUnityなどの3次元作成エンジンの登場で大幅に削減されて、多くのデジタルツインが登場している。
このような動きは止まらない。Robloxの提供する環境でつくられた経験世界で有名なものに、すでに紹介したAdopt Me!があるが、Ballによると、2017年に登場して、2011年には一度に200万人の人がこの世界で遊んでいて、2021年の終わりには、合計で300億人の人がこの世界を経験していたという。
このようなヴァーチャルワールドは特定のプラットフォーム専用に販売されることもあれば、複数のプラットフォームで販売される(クロスプラットフォーム)こともある。2019年から2020年にかけてEpic社はFortniteを複数のプラットフォーム Nintendo's Switch, Microsoft's Xbox One, Sony's Playstation4に加えて、WindowsとMac Osに提供し、さらにモバイルのiOSとAndroidに提供した。プレイヤーはこの複数のプラットフォームでゲームをすることが出来て、自分のポイントやギア(装備品)を持ち運びできるようにした。
デジタルツインのなかで複数のプレイヤーが行動してそれをガバナンスする形のサービスがいくつか生まれてきて、ブロックチェーンをつかってゲームを提供するところも登場してきた。この話はあらためて行う。
いずれにしてもメタバースというとイメージできるのは仮想世界である。だが仮想世界だけがメタバースを規定している定義ではない。
2) 3D
メタバースにおいて3次元空間である、ということは非常に大切である。デジタル3次元空間は決して新しい技術ではない。いまのインターネットで提供されるサービスの筆頭であるwebは画像もテキストも二次元の情報である。このような二次元でタッチスクリーン上に表示された情報の操作に人間はかならずしも適しているとはいえない。
さらにここ数十年おこなっているオンラインでのコミュニケーションについても再考するべきだろう。1980年代、90年代のインターネットのコミュニケーションは基本的にテキスト中心であった。1990年代の終わりから2000年代の初頭にかけて、PCの記憶容量が増えて、インターネットのスピードも速くなり、イメージの交換が容易になり、webサイトが登場し、音楽ファイルの交換も行えるようになった。Facebookの登場もこの頃だ。次いで、2000年代の後半から2010年代の初頭にかけて高性能の画像や動画のコミュニケーションが盛んになり、YouTube, Instagram, SnapshotそしてTiktokが登場してきた。
この歴史は我々にいくつかの事を教えてくれる。
その1: 人は自分が慣れ親しんでいる世界のより詳細なデジタル化を好む
その2: 人はネットワークの水準に合わせて自分のリアルの経験を持ちこんでくる
その3:この変化は若者の社交促進アプリ(social application)から始まる
以上をふまえていかにして三次元アプリケーションが既存のアプリケーションの市場を破壊していくかをみることができる。
この方向で興味深いのは教育ソフトウェアである。初等教育ではなくて高等教育や職業教育が二次元タッチスクリーンの退屈で効果のない教育ソフトしかリモート環境において提供されておらず、大学教育や大学院教育ではまったく普及していない。コロナパンデミックのあとですら、変化はない。しかしながらこのような分野こそ3次元環境が使われるべきなのだ。人体の中を赤血球になって旅をしていくとか、こうした教育を三次元メタバース空間では行うことが出来る。しかしながら高等教育におけるメタバース環境の提供は遅れている。だが、間違いなくこの領域でのラーニングにメタバースを使うことが出来る。かならずしもヘッドセットを使うものではないかもしれないし、場合によっては、無数のIoTがネットワークにつながるセンサーになっている状態を要求するかもしれない。このようなことをふくめて3Dの問題を考えておくことが必要である。
3) Real-time Rendered
さて次のメタバースの定義はreal-time renderedであることだ。メタバースでは様々なインプット情報、データ、そしてなにを描くか(render)を決める規則がくみあわさって三次元世界がリアルタイムに描き出されなくてはいけない。
2013年の映画 ピクサーの映画に『モンスターユニバーシティ』がある。
12万以上の映画のフレームがあり、それぞれをレンダリングするのに29時間かかるといわれた。それが12万フレームである。この計算をするためにピクサー社は2000台のコンピュータを連結したデータセンターを構築し、1フレーム7秒でレンダリングする仕組みを作り出した。もちろんこれはデズニーの財力だからできることであり、建築会社などは一晩かけて画面をレンダリングした。しかしながら仮想環境を映画のセットにつかうためにはリアルタイムでレンダリングする仕組みが必要になる。レンダリングを前もっておこなうのでは実際の演技の変化についていけないからだ。
コンピュータの環境がユーザーにとってリアルタイムであると感じるには少なくとも一秒で30フレーム、理想的には120フレームレンダリング出来なくてはいけない。デズニー・ピクサーのように巨大なコンピュータシステムを用意する予算はないのである。
(この項、続く)
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