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「ダイ・ハード」と「運動会」

これは長男が中学生だった頃のお話です。


私は長男の運動会に出ました。

いや正確には息子の運動会の「保護者代表リレー」に参加したのです。

普段あまり運動しない私にとって、この「保護者代表リレー」に出たのは今回が初めてでした。

「産婦人科医はなかなか外に出ることが出来ない仕事」という大義名分のもと、私は医師になってから全く運動をしていません。そのため体重は知らない間にずんずん大きくなって、一時はとても他人には言えない数値にまで達していました。

そのため、「これではいけない」と思い痩せる方法を探しました。そして「Body+」という体重計と「SIXPAD」を購入しました。
「Body+」というのは、乗ったらすぐにスマートフォンに体重のデータが飛んでくる機能のついた体重計です。これで毎日体重を測れば、毎日データが飛んできてスマホのアプリでそのまま折れ線グラフにしてくれます。「SIXPAD」の方は皆さん説明はいらないと思いますが、クリロナ(クリスティアーノ・ロナウド:サッカー選手・ポルトガル出身。超イケメン)がCMをしていた例のアレです。

これらのマシンを使うことで、あくまで運動はせずに痩せてしまおうという算段でした。しかしこのような努力にも関わらず、私の体重はずっと「肥満」のカテゴリに入ったままでした。

話を運動会に戻します。

運動会の3日前に、長男がリュックサックの奥の方から一枚のプリントを出してきました。
そのプリントは担任の先生がクラスの保護者に向けて用意してくれたもので、運動会のプログラムだけではなく、生徒がどの競技をどのあたりで行うかなどが細かく書いてありました。
そしてそのプリントの最後に「求む 保護者代表!現在まだ二人しかエントリーしていません!」と書いてありました。

私は長男に「君のクラス大変だねぇ」何気なく声をかけると、長男はニヤニヤしながら「お父さん。それ、出て!お願い!」と話をしてきました。

つづけて長男は「実は担任の先生から、『保護者代表リレーに出れるかをどうかを親に聞いて』と言われていて、それを忘れてたんだ。そしたら、『返事を忘れた家の親は強制参加』って言われたんだよね」言ってきました。

きっと長男はずいぶん前にこのプリントをもらったものだと思います。長男にはもらったプリントをしばらくカバンの肥やしにする悪い癖があります。

そのまま運動会当日となり、結局私は保護者代表リレーに参加することになりました。

いよいよ出番が近づき、保護者代表リレーの集合場所に行くと、担任の先生が嬉しそうに立っていました。当初は二人しかいないという話でしたが、少しずつクラスの父兄が集まってきて、最終的に担任の先生を含めた7人で走ることになりました。
運動不足の父兄のためでしょうか、リレーは合計で200mとなっていました。1人の走行距離は25mとなり、そしてなぜか、私はアンカーを走ることになりました。

いよいよリレーが始まりました。何人かの走者を巡って、いよいよ私の番が近づいてきました。私の前の走者は担任の先生でした。先生からバトンをもらうと、私は勢いよく走り始めました。

たかが25mです。私も30年ほど前までは「君足速いね!!」って言われたこともあります。きっと余裕で逃げ切れる。よしんば多少遅くても誰も気がつかないだろうと考えながら走りました。

あと15mくらいに差し掛かった時です。私の左から一人の走者が私を抜き去って行くのがわかりました。実際には一瞬だったはずですが、私にはなぜかスローモーションで見ているようにはっきりと確認することができました。その瞬間です、突然私の脳から大量のアドレナリンが出てきました。

「逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!負けるな!俺!!」という声が頭の中に響きわたります。

体を前傾にすると、私はここ30年出したことのない全力で走りました。前の走者はまだ抜ける位置にいます。

「足をもうちょっと回転させるんだ!そうだ!もう少しだ!いける!!」

そう思った瞬間です。下半身におかしな感覚が走りました。私の脳が命令している私の足の位置と、実際の私の足の位置にズレがあるのです。

「あれ?」

その結果盛大に足がもつれ、私は前につんのめる形になりました。

しかしここからすごいことが起こりました。

足がもつれて前に倒れたその瞬間、私はとっさに「回転受け身」をとっていたのです。
「回転受け身」というのは柔道の技です。投げ飛ばされた時のエネルギーを回転し地面に受け流す方法で、そのまま回転して起き上がることができます。
私は一時期柔道部に属していたことがありました。その際に覚えた身のこなしを、私の脳の海馬が覚えていてくれたのです。

私は前に倒れたにも関わらず、右手から入り、膝を軸に回転し、最後は左手で地面を払って一回転をし、何事もなかったようにその場で立ち上がったのです。

転倒するほど頑張ったのに、結局私は前の走者を抜くことはできませんでした。
とぼとぼと歩いてグラウンドを退場すると、一緒に走った保護者の方から「大丈夫ですか?血が出てますよ!」と声をかけられました。
受け身をとった際に入った右手の肘のあたりの皮がむけ、血が出ていました。また支点となった膝のあたりでジーパンに穴があいていました。どうやら膝も強く打っているようです。

テントに戻ると、妻から
「すごい頑張ってたね!バッチリ撮ったよ!でも大丈夫?回転してたけど?」
と声をかけられました。
「うん。あれは回転受け身といってね、とっさにあれが出て助かったよ」
と私は返事をしました。

運動会は終わり、片付けをして家に帰りました。

家に着くと、私は早速自分が映っているビデオをテレビにつなぎました。

実は私、内心とてもドキドキしていました。
だってチームのために全力で走って、あんなすごい技をみんなの前で見せてしまったのです。
私の脳内では、もうハリウッド映画のようなシーンが何度も再生されていました。
中年男性が主役のアクション映画といえば、そうですね、やはり「ダイ・ハード」(1988年 アメリカ映画。主演はブルース・ウィリス)みたいな感じでしょうか。毎年クリスマスにテロに巻き込まれる中年が大活躍する映画です。

・・・しかし私はビデオを観てがっかりました。

そこに映っていたのは、太った運動不足の中年のおじさんが、ただ足がもつれて転倒しているだけの映像でした。

みなさん、運動して痩せましょう。


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