水筒からカランと氷の音が聞こえる
5.5 こどもの日
「天気の良いゴールデンウィークは今日までです。」テレビでしきりに言っていた。なるほど今日は晴れてのびやかだ。
ゴールデンウィークの晴れは今日までらしいから、朝から危機感を持って唐揚げを揚げる。だし巻き卵を巻き、おにぎりをにぎる。日本の食べ物ってひどく日本語で面白いなぁと思う。
外で食べる唐揚げは味を濃くすると決めていて、濃い味の方が青空に似合う気がするから。外は少しジャンキーぐらいがちょうど良い。醤油にオイスターソースにカレー粉にニンニク、明日も休みなのでニンニクもりもり。
『明日休みだから』のニンニクは嬉しい。
昼12時。「ピクニックに行こうよ」ソファーで寝そべる夫を誘う。本気ピクニックに行こうよ(手作り弁当なんてひさびさ)。
水筒に麦茶とコーヒーをいれて…もう水筒ってだけでワクワクする。
夫のリュックに敷物(新しい昨日届いた)、バドミントン、麦茶とサラダとフルーツを保冷剤を巻いて詰め、私のリュックにコーヒーとまだほんのりと温かい弁当を詰める。
さあ行こう、リックを背負って夫を振り向いたらソファーに座って真っ青な顔で項垂れていた。
なにやらショックな出来事があったらしい(事に気がついたらしい)。
…あ、あれ?リックをそっと下ろした。
それは例えるならば、必死でコンプリートしたビックリマンシールをうっかり燃えるゴミに出しちゃった、みたいな。50年継ぎ足し継ぎ足し使っているお店秘伝のタレをうっかり全部流しに流しちゃった、みたいな。やっとやっと大学に受かったのにうっかり入学金振り込み忘れて入学取り消し、みたいな。そんな感じの出来事で。
(例え話で分かりづらくするタイプ)
言葉も出ずに夫は、しばらく(長い間)フリーズした後、「言葉もでないよ」ってつぶやいていて、情景そのままの説明文に嫁も言葉も出ないよ。
人と生きていくのが下手なので、ショックを受けている人にかける言葉がわからない。
わからないままひっそりいそいそと、リュックに詰めた弁当達をキッチンに戻す。保冷剤は冷凍庫に戻し、サラダとフルーツは冷蔵庫にそっとしまう。
そろそろと夫に近づき、肩口をちょこんと触ってみる。こんな時私はハグして欲しいタイプだけど夫は違う。おもむろに触れようものならビクンとしたあと手をはたかれる恐れがある(イメージです)。
こんな時の夫は人馴れしない動物なのだ。人に捨てられた猫ほどに、あの日ニュースに出てきた矢ガモほどに、注意深く接しなければいけない。
肩口をそっと触りまるくまるく撫ながら「…なんかごめんね、…私はひとつも悪く無いけど」「やだかわいそう。いや…自業自得だけど」考えに考えた結果考え無しな言葉が口から飛び出すのは何故か。
ああ私、人と生きるのは早すぎたようだ。
顔面蒼白のまま「ピクニック行こうか」とか言い始めた夫の背中をそっと撫で(だいぶん人馴れしてきた)「今日はやめよう」と返す。
私、そんな声も体もプルプルしている感じの人とピクニック行く勇気無いですし。
バドミントンをしまい、新しい敷物をしまい、リュックをしまい、しまってる間に、夫はパソコンの前に座り解決策(はないけれど今後の対応)を模索しはじめた。
そんな夫を背中に役立たずな私は手持ちぶたさだ。テレビをつけられる雰囲気でも無いし(私は空気を読みまくる日本人なのだ)。
手持ちぶたさなゴールデンウィーク晴れ最終日。日焼け止めも化粧もバッチリでどこにでも行ける、けれどどこにもいけない晴れ最終日。キッチンには弁当が並んでいる。
午後2時。「お昼食べようか」パソコンの前から夫が戻ってきたので弁当を並べる。
きれいに巻けただし巻き卵を食べ、青空用の唐揚げを食べる。青空用の唐揚げは家で食べるには少し濃すぎる。窓を全開にした。
良い風が流れるリビングで顔色が悪いまま黙々と唐揚げを口に入れる夫に、また少し焦って「落ち込んでても唐揚げは美味しいね、ね!」考え無しな言葉が口から飛び出した。
人と生きるのは本当に大変。
水筒からグラスに麦茶を注ぐ。水筒の中でカランと氷が音を立てた。
(夜は夫の好物のカレーにした、連休にカレーは似合わないと思っている)
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