見出し画像

海野さんというおばあちゃんの話。

 「ちょっと息が苦しい気がして。」朝1番の海野さんの電話から今日も診療が始まった。
 海野さんは、クリニックの近くにある介護付有料老人ホームのおばあちゃんだ。

 海野さんのいる介護付有料老人ホームは外から見ても綺麗でキラキラしていて、ここに入るのには莫大なお金が必要なんだろうなって思える老人ホーム。話を聞くと、常時看護師がいて系列には大きな病院も構える至れり尽くせりの老人ホームだ。
 だからかその老人ホームの住人で、うちのクリニックに来院する人は海野さんだけだ。

 海野さんはしょっちゅう電話してくる。
 「なんか胸が痛い気がする」
 「なんか頭が痛い気がする」
 「なんか息切れがする」
 そして、「クリニックに行きたいけど行けない、看護師さんに軟禁されてる」って内容の電話を切々とかけて来てくれる。
 (長谷川式認知症評価によると、海野さんの頭はしっかりしている)

 老人ホーム内では毎週医師の診察があり、毎日看護師による健康観察もある様だ。とてもしっかりとしている施設だ、本当に至れり尽くせり。

 でも、海野さんは、与えられたもの(ホーム担当医)を信用しない、海野さんは自分で掴み取ったもの(たまたま散歩中に発見したクリニックの医師)を信じて生きていく。

 で、海野さんは己の力で人生を切り開いてきたタイプなので5回に1回ぐらいはホームの看護師さんや職員さんを振り切って(説得して)クリニックにやってくる。それはもうしょっちゅうくる。(もちろん送迎付きだ。)

 そんな時もちろんクリニックでは優しくお迎えする。海野さんは時々高級焼菓子をくれるし…それはもう、患者さんなので。
 「ちょっと長電話しんどいっす!」とかは言えない。
 「電話1日1回にしましょうか!」とかも言えない。
 決して言わない。

 「海野さん、発熱外来中は来ちゃダメですよ、危ないから!」これは言う。

 私は海野さんを決して嫌いじゃない。ちょっと頑固で我儘だけど、おばあちゃんだもの。患者さんだもの。

 海野さんの住んでいる老人ホームはクリニックから駅までの道のりにある。土曜日、午前中のみの仕事を終えてた帰り道、海野さんの老人ホームの横を通るとこの2年よく見かける景色がある。

ニュースで出てくる様なガラス越しの面会だ。

道路に面した細い通路にいる家族と、建物の中にいるおばあちゃん(時におじいちゃん)がガラス越しに手を重ねている。又はガラス越しに手を振っている。そして2人のもう片方の手には懐かしのガラケーだ。

その姿を見て、今日も颯爽と(颯爽とでもないけど)自由に(自由でもないかもしれないけど)現れた海野さんを思い出すと、私はいつも少しだけ泣きそうになる。

いや、悪いのは本当にコロナなんだけども。

2022.3.30

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,462件

#仕事について話そう

110,014件

最後までありがとうございます☺︎ 「スキ」を押したらランダムで昔描いた落書き(想像込み)が出ます。