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短編小説『あの頃は誰もがみんな悪魔だったのか』

1945年、秋も深まった頃、進駐軍が名古屋に入ってくるという。

噂によれば、戦時中に日本軍に撃墜された現場を全て回って、アメリカ兵の遺体を回収しているのだという。

それも、遺体の回収については、戦死した状況と合わせて、徹底的に調べ上げて、髪の毛一本までも持ち去るのだという。

御器所の住民は、みな慌てふためいた。

守備隊は、とっくに解散してしまって誰もいない。

自分らだけで、証拠の隠滅を図らなくてはいけない。

先ずは、村雲小学校の便所の裏に捨てたアメリカ兵9名の遺体をどうするかだ。

取り敢えず掘り起こしてみたが、遺体の腐敗が激しく、気が遠くなるような悪臭を放ったので、別の場所に持ってゆくのは断念した。

結局、穴に埋まったままの遺体の上に大量の炭を被せて、火をつけた。

三日三晩燃やし続けた。

その間、漂い続ける嫌な臭いは、住民の後悔を掻き立てるように付きまとった。

そして4日目には、上から砂をかけて火を消して、その上をコンクリートで塗り固めてしまった。

近くの寺に引き取られて、墓の近くに穴を掘って埋められた2名の遺体は、掘り起こされて改めて火葬にした。

焼け残った骨を粉々にして、灰と一緒に大量の土と混ぜ合わせて、元の穴に戻した。

要するに、そこに11人分の遺灰が、そこに埋葬されたように見せかける隠ぺい工作をした。

そして、ご丁寧にも、「米兵慰霊碑」と彫られた石碑を建て、花まで添えられた。

まもなく進駐軍がジープを連ねてやってきた。

その中の一人が、身なりは米兵そのものだが、どう見ても日本人の少年にしか見えない米兵が、たどたどしい日本語で、「この近くに、B29が墜落しなかったか?」と聞く。

住民の代表が、「村雲小学校の北側の竹藪に墜ちた」と答えて、現場を案内する。

一行らは、竹がなぎ倒されたり、民家がつぶれたりした跡を見て、「B29の残骸は、何処にあると聞いた」。

住民代表は、「翌日、軍が来て全て持ち去った」と答える。「搭乗員は、どのような状態だった?」聞かれる。「全員死亡していた。身元も分からない位に損傷は激しかったので、近くの寺で火葬して、埋葬した」かねてからの打ち合わせの通りに返答する。

埋葬されている寺に、一行を案内する。彼らは、花が活けてある石碑に手を合わせることもなく、唐突にスコップでそこを掘り始めた。最初は、荒々しく掘っていたが、遺灰らしいものが出てくると、考古学者が遺物を発見した時のように、丁寧になった。

そして、粉々になった骨のかけらや、灰の微細な一片まで見つけ出すと、それを土ごと持ち帰って行ってしまった。

彼らは、2体の遺灰しかないことに気付いてなかった。住民は、みんなほっとした。

進駐軍が掘った背丈ほどの深さのある大きな穴だけが残った。石碑は、早々に取り取り払われた。

年月が経った。

大きな穴だけがいつまでも残った。

そして、1945年のあの出来事を記憶している人は誰もいなくなってしまった。

いや、まだいるかもしれない。ただ、その記憶を封印してしまっているだけかもしれない。

気が付くと、大きな穴はいつの間にか埋められていて跡形もなくなっていた。

誰もが忘れてしまったのだ。

9名の米兵の遺体を、生ごみを捨てるように、便所の裏に穴を掘って投げ入れたことを。

後から出てきた2名の遺体を晒し者にして、石を投げつけたり、竹やりで突いたりして、損壊させたことを。

まだ100年も経っていないのに。

誰もが、何食わぬ顔で生きている。

誰もが、悪魔のような所業をするような遺伝子を持ち続けているのだろうか。

そう思うと、自分自身が怖くなる。

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