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新選組生き残り隊士の告白『坂本龍馬暗殺の真相』

新選組の屯所から戻ってくると、菊屋の二階には、藤堂平助、服部武雄の他に、高台寺の屯所から毛内有之助が駆けつけていました。

「齊藤さん、見ていましたよ。中岡慎太郎が近江屋に逃げ込んだのですね。よりによって、近江屋を選ばなくても良いのに」

「毛内さん、ご苦労様。見ての通りだ。厄介なことになった。ところで何かありました」

私ら御陵衛士は、近江屋に潜んでいる坂本龍馬を護衛するために同じ河原町通り面している菊屋の二階に駐在していました。

ここからは、近江屋が見渡せます。

不審な人物が入り込まないかを見張るためです。

そんな時に、新選組の暗殺専門部隊である大石鍬次郎隊に追われた中岡慎太郎があろうことか、龍馬の潜んでいる近江屋に逃げ込んでしまったのです。

それを見ていた私は、近江屋に駆けつけ、突入しようとした大石を必死で押しとどめさせました。

そして、不動堂村の新しい屯所に向かい、局長と会って、対策を協議して、菊屋に戻ってきたところでした。

「伊東甲子太郎さんからの伝言ですが、情勢が変わってきているそうです。土佐薩摩とは深入りせず、距離を置くそうです。そして早々に、御陵衛士を解散し新選組と合流すると申されています。ただし、坂本龍馬の警護に関しては、今まで以上に強化して下さいとのことです」

毛内が御陵衛士の党首の伊東甲子太郎からの意向を伝えてきました。

「坂本龍馬の警護の強化に関しては、新選組本隊も考えが一緒だ。ただ、大石鍬次郎隊を支援してやってくれとの要請だ」

近藤局長の指令を伝えます。

当時、御陵衛士にいながら、新選組本体と連絡を取り合えるのは、私しかいませんでした。

「そうですか。しかし、困りましたね。偶然だけど、白黒の石が一緒の館に入ってしまいましたね。まずは、二人を引き離さないといけませんね」

「やっぱり、中岡があの中にいるのはまずいな。何とか引っ張り出す方法を考えねば」

「齊藤さん、近江屋も三人も急に入り込まれて、困っているのかもしれない。新選組があなたを狙っているから、助けに来ましたと言って連れ出すのは、どうだろうか」

「私は、中岡に面が割れている。でも、早くしないといけない。まずは、中岡が今近江屋のどの部屋にいるか。確かめることが肝心だ」

「何か方法がありますか」

「この家の倅が、近江屋に出入りしている。調べさせよう」

「峯吉、峯吉はおるか」

階下に向かって叫びました。

暫く間をおいてから返事があって、少し待たせてから、父親の菊屋伊之助と峯吉が二階に上がってきました。

「これは、夜分にご主人まであがって来て頂いて、かたじけない」

「先程、通りで大きな音がしたと思て、外を見たら抜き身を提げたお侍さんが集まったはったので、何かの捕り物でもあったのかと思いました」

「いやいや、この界隈に不逞浪人が紛れ込んでいるとのことで、見回り組が探索しているらしいです」

私は、わざと新選組と言わずに、見回り組と言いました。

この界隈では、新選組と毛嫌いされるので、それよりは聞こえのいい見回り組とあえて言いました。

「近頃はめっきり静かになったと思てましたのに、物騒なことですな。うちには御陵衛士さんが居はるしええけど、近江屋さんの方は大丈夫やろか」

「そうなのです。我々も近江屋さんが心配です。夜分に我々が見に行くと、厄介なことになりそうなので、峯吉君にちょっと見てきてもらおうかと思いまして」

「そうどすか」

先程から、不自然な笑いを浮かべた顔で、私の顔色を窺うようにしている菊屋伊之助に少し違和感を持ったのを覚えています。

ひょっとしたら、河原町通りでのやり取りを見られたのかも知れないからです。見られたとしても、相手が中岡慎太郎であることが分からなければそれでいいのですが、ばれれば非常に面倒なことになるからです。

何しろ、この菊屋の二階は、かつて張本人の中岡慎太郎が間借りしていたところですから。

当然、菊屋の主人は土佐藩や陸援隊の者には通じています。

我々が、中岡を狙っているのが分かれば、それらに通報され、逆襲される恐れがあります。

ましてや、背後に新選組いることが分かれば厄介なことになります。

いずれにしろ、もうここは危険です。

すぐにでも、撤収しなければならないと感じました。

「峯吉、近江屋さんに行って、坂本先生が無事で居られるかどうかを見てきて欲しいのだけれど、お願いできるかな」

「ええ、構いませんけど。こんな時間に何も要件なしでいくのも」

峯吉が言い終わらない内に、伊之助がすかさず。

「峯吉よ、今日言いそびれていた。坂本先生や長岡謙吉さんから、手配を頼まれていた『万国公法』が入って来てるねん。少しでも、早よ欲しいていうたはったから、今から持って行ってあげて欲しいわ。これやったら、こんな時間でも、歓迎してくれはると思うわ」

結局、峯吉は父の伊之助に『万国公法』を包んだ風呂敷を両手で抱えて、近江屋に持って行かせた。

私は、坂本龍馬が隠れ家に無事でいることだけを確認してほしいと伝えました。

出来れば、顔を直接確認してほしいと伝えました。

余計なことを言うと伊之助に勘繰られる恐れがありましたので、それだけに留めておきました。

思いも他、峯吉は早く戻ってきました。

坂本龍馬は、昨日から風邪気味で隠れ部屋で臥せっているという知らせを持って帰ってきました。

「よし、毛内さん、これで作戦は決まった。毛内さんも、降りて大石さんと合流するか」

私は、毛内の顔が切腹する者の直前の顔のように、血の気が引いてこわばるのを見ました。

気のせいか、以前にもそれを見たような気がしました。

「冗談だ。毛内さんは、ここに居て状況を見ていて下さい」

「分かりました」

その時、3日後に油小路で大石に切り殺されるとは、思いもしませんでした。勘の良い毛内のことです。何か不吉な予感がしたのだと思います

ただ何年経っても、あの時の毛内の恐怖に満ちて血の気の引いたこわばった顔だけが思い出されて頭から離れません。

結果的には、私は彼らを裏切った形になってしまうのですから。

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