短編小説『ひとりぼっちのステージ』
ヤマギシ君は立ち上がって、徐にＴシャツを脱ぎました。
上半身裸です。
Ｔシャツを振り回しながら、今までとは別人みたいに狂ったようにステージを駆け回って、歌い始めました。
観客もそれにつられて、それぞれに奇声を上げながら、拳を突き上げます。
♬あなたが好きだった
あなたが好きだった
言葉にならないほどに
あなたが好きだった
身体が震える程に
もし、また会えたのなら
「ゴメンナサイ」と言う
そして「アリガトウ」
そして「アリガトウ」
そして「アリガトウ」
ヤマギシ君が私の方に目を向けました。
その目は「ゴメン」と言ってました。
私は、彼が何をやろうとしているか、分りました。
彼は、私が絶対にやらないでと封印しているパフォーマンスをやろうとしているのです。
「バカ」私は返しました。
「ゴメン、ゴメン」
彼の済まなそうな顔。
それが可愛くて、憎めなくて、今でも思い出します。
♬あなたが好きだった
あなたが好きだった
言葉にならないほどに
あなたが好きだった
身体が震える程に
もし、また会えたのなら
「ゴメンナサイ」と言う
そして「アリガトウ」
そして「アリガトウ」
そして「アリガトウ」
「行くぜ」
観客の方を指差しました。
彼は、封印しているスライディングのパフォーマンスをやり始めました。
観客は、狂ったように盛り上がって行きます。
やっぱり、ヤマギシ君ってすごい人だなと思いました。
同時にバンドの他のメンバーや盛り上がっている観客を見ていると、私はついていけないなと思いました。
盛り上がるステージの中で、私一人が取り残されているようでした。
客観的に見ている私がいました。
延々と続くと思われたパフォーマンスも、さすがにヤマギシ君は疲れてきたみたいで、足元がふらついて来ていて限界が近づいてきているようでした。
♬そして「アリガトウ」
そして「アリガトウ」
「アリガトウ」
そして「ア～リ～ィガア～ト～ウ」
「サンキュー 」
歓声とともにステージが終わって、楽屋に戻りました。
「ヤマギシ君、ごめんなさい。痛くなかった？」
坊主頭の側頭部が、少し血が滲んでいるのを見て、本当に申し訳ないと思いました。
どうして、そんなことをしてしまったのか、自分でもよく分かりません。
彼は、委縮して歌えなくなってしまったので、私は怒って彼の頭をギターで殴ったのです。
それをきっかけに、ヤマギシ君は歌い始めたのでした。
ヤマギシ君は、私の顔を正面から見据えました。
「香田さん、本当にごめんなさい。ボクは、ボクは、ダメなんだ。一人で何もできないんだ。本当に、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
私は、さっきまでのステージの勢いが消え失せて、別人のようにしお垂れて涙を流しているヤマギシ君を見ていました。
壊れそうな繊細な心を持って今にも崩れそうなヤマギシ君。
その影の部分か隠すために無理やり自己演出している派手なパフォーマンスをするヤマギシ君。
どちらも分かっているから、私には痛々しく思える。
この人には、支えてあげる人が必要だなと思いました。
正直言って、そういうところが彼に惹かれたのだと思います。
今になって、つくづく思います。
その様な騒然とした楽屋に、白髪を肩まで伸ばして、派手なシャツを着た、如何にも業界人と言う感じの人がいきなり入ってきました。
その人を見て何か胸騒ぎがしたのを覚えています。
そう、その人はプロダクションの人で、私たちのバンドではなしに、私だけをスカウトしに来たのです。
私は、バンド全体でお願いしますと言いましたが、納得してもらえませんでした。
結局、そのことがきっかけで、バンドを離れました。
歌うこと自体も、嫌になったので止めました。
あのステージが、最後になったのです。
あれから、10年ほど経ちました。
今でも、盛り上がっていくほど、ステージで段々と孤独感じてゆく私を思い出します。
それからずっと、ひとりぼっちです。
どうしているのかな、ヤマギシ君。
サポート宜しくお願いします。