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短編小説『君の若さに嫉妬する』

私がその騒いでいるグループの方を見ていて、気にしているのに気付いたのか、マスターが近くに来た。

「お騒がせしてすいません。この前、貴島さんに絡んでいた若者がいましたでしょう。あれから、何回かやってきて、貴島さんに会いたがっていましたよ。彼、東京に行くみたいです」

マスターと私の視線が自分に注がれているのに気付いたのか、ヤマギシは大げさに直立不動の姿勢を取って、頭を下げた。

頭を上げた彼の顔には、笑顔が消えていた。

香田美月が語った、ステージで歌えなくなって立ち尽くす坊主頭のヤマギシがそこにいた。

込み合う狭い店内を踊るようにすり抜けて、ヤマギシは、奥の私の隣に強引に割り込んだ。

「シャシャチョウ、会いたかった。ずっと、会いたかったんですよ。オレ、東京に行くんですよ。今夜はオレの送別会なんですよ。やっぱ、オレは音楽しかないと思って。ストリートでもいいから、一からやり直そうと思って」

「いたよ。コウダミツキは、うちの会社にいるよ。元気にしているよ」

「マジっすか。やっぱ働いているんですか。会いたかったなあ」

ヤマギシは、顔を上げ、大きな目で空を見つめた。

彼の視線の先は、高校生の香田美月のはず。

いい加減な服装と彼の真剣な横顔のアンバランスが、かえって彼の純粋な若者の想いを引き出していた。

彼の若さに嫉妬する。

その視線の先にある過去の香田美月を見つめるヤマギシに嫉妬する。

彼は突然つぶやくように、噛みしめるように小さな声で歌い出した。

♬夕暮れ
 色あせる街並み
 光りを失ってゆく街に
 窓に灯りだす明かりは
 私には眩しすぎる
 涙でかすむ
 頬をつたう涙の
 そのぬくもりが欲しい
 あなたは何処へいってしまったの
 あなたの思い出だけを
 追いかけるのは
 辛すぎる
 あなたが好きだった

ヤマギシは、そこまで歌うと声を詰まらせた。

目をきつく閉じて、こみ上げてくる衝動にじっと耐えているようだった。

固く閉じられた目から涙が滲みだして、一筋の軌跡を残しながら零れ落ちた。

ヤマギシの絞り出すように歌った曲が、香田美月が歌ったものと同じと気づくには少し時間がかかった。

とても、同じ曲だとは思えなかった。

香田美月が、亡くなったお父さんに捧げる歌を私にだけに歌う。

ヤマギシは香田美月の思い出を噛みしめるように歌う。

そこには、私は介在していない。

踏み入れることのできない二人だけの通り過ぎた世界。

私には、それはあまりに古く色あせてしまって、呼び起こせない世界。

二人は、私の存在なしに過去で結ばれている。

嫉妬よりも、あきらめに近い。

私は、刑務所の塀よりも超えることが困難な遮蔽物に前を遮られる。

また、真夜中の見知らぬ街を彷徨い歩いているような気がした。

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