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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第5話「慎太郎、満月の夜は飲み明かそう 」

何の屈託のない天を衝き抜けるような中岡慎太郎の笑顔。

その笑顔には、誰もが吸い込まれる。

岩倉公もしかりだ。

「すまん、すまん。さすがに相撲取りはすごいな。かなわん、かなわん」

「先生すいません。無理やり入ってこられまして、申し訳ありません」

「さすがの元相撲取りの藤吉もお調子者の中岡さん相手じゃ、らちかんのう」

「中岡さん、もう少しで撃つと所じゃ。知った顔でも、知らん顔でも無理やり部屋に入ってくるもんは、誰じゃって撃ちゃるぞ。わしは、伏見の寺田屋で往生したきに。それ以来、そう決めとるんじゃ」

「龍馬さん、勘弁してくださいよ。こっちも往生しとるんじゃ。例の宮川助三郎の引き取りの件で、福岡孝弟さんに呼ばれたんじゃが。三条大橋を渡った途端に何者かにつけ狙われた。福岡さんは、おられんかったので門前払いをされるところ、何とか頼み込んで夜まで置いてもらった。夜になったら、大丈夫だと思ったら、門を出て三歩も行かん内に後ろから何者か付けてきていきなり刀を抜かれた、前には立ちふさぐものがおったので急いで、この近江屋へ逃げ込んだ訳じゃ。お願いじゃ、龍馬さん一晩置いてくれんか」

「おはんが、日頃から倒幕じゃ、倒幕じゃいうとるからこげんなことになるんじゃ。自業自得よ。それに、おまんもよりによってこの近江屋を選ばんでも良かろうに。ここは、おまんの首を狙ろうとる新選組が特に目を光らしとるところじゃきに。飛んで火にいる夏の虫よ。ところで、何人で来た」

「田中光義と谷干城の三人じゃ」

「一人でも、狭もうて苦渋しちゅうのに、あと三人も無理じゃ。困ったのう。ところで中岡さん、もう雨は上がったかのう。月は出ちゅうか?」

「出ちゅう、出ちゅう。しかも、満月じゃき。昼間のように明るいわ。それで苦渋しとったんじゃ」

「さようか。月が出ちゅうか。満月か。じゃったら安心じゃのう。満月の夜に、討ち入りする呆けはおらんわ。久々に、上の座敷に上がらうかのう。気分が、晴れんざったところじゃ。軍鶏でも食いながら、月見酒じゃ。一晩中飲み明かそうかのう。中岡さんも、付き合うてくれ」

「わしは、酒は飲めん。誓うとるんじゃ、それまでは飲めん」

「中岡さんらしいのう。真面目じゃのう。でもどうせ、祇園の女子じゃろう」

「違う、違う。国元におる嫁に誓うとるんじゃ。わしは、こう見えても武市先生に学んだ身じゃ。先生に見習って夫婦を大事にしちゅう。国事が一段落して国へ戻ったら、二人して酒を飲む。それまでは、酒は飲まんことにしておる。今夜は酒は飲まんでも、話がしたいことが沢山あるから丁度ええ」

「どうせ、おまんのいつもの倒幕の話じゃろう。どうでもええけい、上がろ、上がろ」

「龍馬さん、その拳銃も持って行くのか?」

「これは、高杉晋作の形見じゃ。わしの命の次に大切にしておる。肌身離さず持っておる。わしのお守りよ。寺田屋の時も、これで命拾いをさしてもろうた。最も、その時はお龍も三吉慎蔵もおったがな」

中岡は先程突き付けられた、龍馬の拳銃を見て不吉な予感がした。

 

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