時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第30話「龍馬暗殺の真相」
「大石、違う。それは、坂本龍馬だ」
血の滴る脇差を提げた服部が叫ぶ。
「坂本龍馬であろうが、逃げるものは斬る。それだけだ。ところで中岡慎太郎はどこに行った?」
仰向けに倒れている者がいる。
「誰が、中岡を斬った」
「偶然だ。坂本の拳銃が、暴発した」
大石鍬次郎は、右手に持った手槍を後ろに回し膝を折って屈みこんだ。中岡の息を確かめる。まだ息はある。
「リョウマサン、マダシヌナ、ユメガアルハズ、シヌナ、ユメユメ、ユメヲカナエヨ、マダシヌナ」
大石は、この言葉を、念仏を唱えていると勘違いした。
「分かった。成仏させてやる」
大石は、脇差を抜くと中岡の喉を一突きした。
中岡は、口から血を噴き出して、目を見開いたまま息絶えた。
「お前らも、同じ目に遭いたくなければ、他言するな」
谷干城と田中光顕は、藤堂平助の凄みで動けないところに、大石の所業を目の辺りにして、恐怖で体が震え出して、その場にへたり込んだ。
結局、この二人は、大石の言ったことを生涯守り通した。
そして龍馬と中岡の死を前にして、何も出来なかったことを一生悔やみ続けた。
大石は何事もなかったように勝手口から出てきた。
手槍を上に突き上げて、岬神社の物陰から監視する齊藤一に、任務が無事終了した合図を送る。
「状況終了」
「中岡は仕留めた。仲間一名は逃走しようとしたが阻止、生死は不明。これより、帰隊する。監察に報告、使用した刀剣の検分を受けよ。使用したのは、この手槍のみ。廣瀬、これを検分してもらった後、手入れしておいてくれ、またすぐに使うかも知れん」
平隊士廣瀬は、大石の手槍を抜身のまま手渡される。
穂先は輝きを失っており、刃元に血糊が付いている。これをそのまま屯所まで持って帰るのも気が引けたが、大石に言われたので仕方がない。
「わしは、島原の分所に帰る」
もとより、新選組の分所など島原にはない。大石は、一仕事終わった後には必ずと言っていいほど島原の馴染みの遊郭に行くのである。
坂本龍馬は、暗殺された。
陸援隊の中岡慎太郎を捕縛するために、近江屋に踏み込んだ新選組らが、逃れようとする坂本龍馬を誤って刺殺した。
月だけが見ていた。
真実をありのままに見ていた。
しかし、満月の光に照らし出された人々は、芳醇な葡萄酒の酔いのように、幻想的になった。
誰もが、それを思い起こす時に、あの時は酔っていたからだと言い訳する。
もう一度、月を見上げよう。月の光に全てをさらけ出そう。
もう目を覚ましてもいい頃だと気づくはずだ。
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