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夢の夫

 バーチャルだ。
 そう思いながら調理器具の並んだ厨房を眺める。
 大小様々な鍋とボウル、皿に器、美しいカトラリー。
 「こんなに調理器具が揃っているとワクワクしますね!」
 僕は浮かれた声で言った。厨房をあずかる老人は頬を少しにやつかせながら「ふん」と自慢げに鼻を鳴らした。
 実際のところこの厨房を使わせてもらうことは出来なさそうだが、隣でニコニコしている妻のためにとにかく食材を準備しなければならないだろう。

 外へ出ると緑が鮮やかだ。木々の実りも野の新芽も艶々としている。少しいけば市場もある。市場に沿って水路があり、魚たちの影も見える。
 僕は妻の手をとり「行こうか」と声をかけた。妻はやはりニコニコとして嬉しそうに市場へ向けて歩き出す。

 「私、しあわせだなあ」
 明るい空の下、穏やかな風をいっぱいに吸い込みながら彼女は満たされた顔をしている。繋いだ手をぎゅっと握り締めて。
 僕はそれに対して罪悪感を少しもつ。
 彼女は分かっているんだろうか。僕がバーチャルだと。
 分かっていてロールプレイを楽しんでいるなら、何よりだと思う。僕は、きっとそうだと思うことにして立ち込めた不安の雲を振り払った。
 ここでは、彼女にとって優しい夫でいる。そうすることができる。

 「ねえ見て、引き潮のタイルが出てる。」
 川の中に刻印の入ったタイルを乗せた四角い柱が姿を見せている。一日に2度ほどしか現れず、誰もがそのタイルを打ち込むチャンスを窺っているのだ。
 「よし、今なら」
 僕はざぶんと川へ飛び込み、タイルの柱に泳ぎ寄ると打ち込みの権利を主張するように柱を抱えて妻を振り返った。
 「あっタイル出てるじゃん!」「ちゃんと見張ってなきゃ」
 他のプレイヤーたちの声がする。見張を言いつけられていたらしい小柄な女の子が責められているようだった。
 僕はその子にタイルを譲ることにして、妻の元へ戻る。またそのうちチャンスが巡ってくるだろう。今打ち込まなくても僕や妻は困らない。
 その選択にも妻は満足そうだった。
 僕は彼女の優しい夫だ。

 ログアウトするまでは。

 そこで目が覚めた。

保護猫のお世話をしつつ夢の話を書いたり日々のあれこれを書いたり打ちひしがれたりやる気になったりしております。やる気はよく枯渇するので多めに持ってる人少しください。