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花見

 犬氏を連れて、近くの公園へ桜の様子を見に行った。
 3~5分咲きといったところ。この週末は花見客でごった返すだろうけど、この日はまだ駐車場にも余裕があった。

 はしゃいだように小走りに行く犬氏。しきりに植え込みや柵の匂いを嗅いでいた。
 私もすうっと深呼吸する。
 匂ってきたのは桜の香りではなく、もっと酸味の強い植物だ。
 サカキ(ヒサカキ)の花だった。
 

 私が育ったのは目の前が海の、なにもかもがどんどん錆びる小さな町だった。
 海岸にはコンクリートの堤防が続いて、痩せた松の防風林があった。(311の津波で消えた)

 防風林の足元には笹薮と、サカキと椿の木。
 
 潮とサカキの花が匂う町営住宅の裏、錆だらけのフェンスにもたれて、まだサカキという植物の名前も知らなかった子供の私はここではない場所に誰かが連れて行ってくれる想像をよくしていた。あの雲の上から、波の向こうから、一緒に行きましょうと手を伸ばす優しい人を待っていた。
 家の中には居場所がなかったから。

 サカキの香りは寂しい。切れ間なく続く波のどうどうという音と、重たい潮風と、平手を打たれてじんじんと痛む頬。
 
 

 犬氏が振り返って私が追い付くのを待っている。
 少なくともあの頃よりは一人ぼっちではない私だ。 
 幸せとは言えないけど。そうなれたらいいなと思って今選べる選択肢を探っている。

 桜の脇で目立たない黄緑色の花を眺めて、公園を後にした。
 

保護猫のお世話をしつつ夢の話を書いたり日々のあれこれを書いたり打ちひしがれたりやる気になったりしております。やる気はよく枯渇するので多めに持ってる人少しください。