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カニとわたしの制作記 2


このnoteはわたしの作家活動を紹介する「カニとわたしの制作記 1」からの続きの記事です。ぜひそちらもご覧ください!




なんとなく触れることからはじまる


 さて、初めて使ってみた顔彩の絵具。この画材が好きだなと感じた点を2つ紹介します。

 1つめは質感と色の上品さ。カニ作品での着彩についてはおもにベタ塗りを想定していたため、多めの水で溶かしてもある程度不透明な絵肌が作れる顔彩の特徴は、わたしの制作に好都合でした。これはアクリル絵具にも共通する部分。しかし発色の点では、顔彩は深みのある色味が和紙との相性も良く、より落ち着いた華やかさが感じられます。
 きめの細かい顔料が膠などのメディウムで固めてあるので、水で溶いた感覚としてはヌルッとした使用感。最初に使ってみたのが朱色だったこともあり、口紅みたいでかわいい!
 私が購入したのは日本画材料としてはおなじみ「吉祥」の顔彩です。パールカラーやルミナスカラーなどのラインナップはコスメの世界と見紛うほど。「日本画材料=渋い」のイメージはもはやわたしの中から消えました。


 顔彩の良かった点2つめは、その手軽さです。顔彩とはいえ立派な日本画材料。なんとなく専門性を求められるような、敷居の高いイメージがありませんか?洋画技法しか勉強してこなかった自分にとっては、だれかの神聖な領域に足を踏み入れるような感じがして、これまで日本画材を意識的に避けていたところがあります。製造している画材メーカーにとってはなんとも迷惑な思い込みですよね。
 使ってみたら何のことはない、固形の水彩絵具と同じ要領です。筆に水を含ませて溶くだけ。紙だって和紙である必要はありません。1色200円くらいのバラ売りもあれば、持ち運びに便利な12色セットなどもあります。絵手紙キットなどの形で普通の文具店でも売られている、ごく身近な画材です。混色しないのであればパレットすら必要としないこんなに便利なものを、わたしはなぜ今まで見過ごしてきたんだろう・・・。


分からないから描いている/書いてみる


 前回からここまで読んでくださった方ならお気づきだと思うのですが、私はとにかく絵を描くことに関してとても慎重で臆病。とつぜん核心をついたような変身は絶対にできないし、斬新なテクニックで巨大な絵を描いて達成感に浸ることもありません。今回のように新しい支持体(和紙)と絵具(顔彩)を制作に取り入れるのも数年に一度くらい。書き連ねていたらアーティストとしての自分に疑問が膨らむばかりの地味な活動を続けています。

 絵画に限らず、みなさんにとっても「この作家は何年も同じことをやってるなあ。」と思いつくアーティストは何人もいるはず。同じモデル、同じ技法、同じ色、同じ構図…。わたしは紛れもなくそんな作家のひとりです。10年、15年の仕事の積み重ねでしか実現できない小さな進化を、長い時間をかけて何かしらの形で作品に残し、ほんの少しの変化を日々発見して楽しむことを自分だけの宝物だと思える、ある意味変態。
 「どうして鉛筆なの?どうして色は使わないの?どうして動物しか描かないの?」それは聞かれて当然。「風景を描いてよ!」えーと、誰か紹介しましょうか?

 正直、そんな周囲からの疑問は、作品と向き合うなかで作家の誰もが経験している、自分自身の心の声と変わりません。しかも周囲の要望に従順に応えたところで、精神面でも金銭面でも自分には何のメリットももたらされないのがアーティストの現実。そこで本当に素直に、嘘偽りなく、頭の中のもう1人の自分に答えるとしたら、わたしの場合はこうです。「それを知りたいから描いてるの。描く意味をわかっている絵を描く意味ってある?」これはもちろん、個展会場や講評会では絶対に言ってはだめなパターン。別の嘘偽りない答えもちゃんと用意したいので、こうして慣れない文章を書き留めたりもします。

顔彩を使って描いたルリマダラシオマネキ


《 A SATR FOR THE BOY 》
鉛筆、顔彩、金箔、半草鳥の子紙
9.5×14cm
2024


カニ界のポップスター


 分からないなりにカニを描き続けて1ヶ月過ぎた頃、博物館でのカニ取材でもとくに見た目が印象的でおもしろいと思ったサンゴガニをモチーフに制作を始めました。サンゴガニと一言でいっても、それは海の中で珊瑚と共生している小型のカニたちの総称。ネットで簡単に調べた程度ですが、名前にサンゴガニが付くものは10種類くらいありました。ダイバーの知人が教えてくれた、キンチャクガニやイソコンペイトウガニも珊瑚の周りに生息しているらしいけれど、それらはサンゴガニとは呼ばれないんだろうか・・・。はい、私はまだカニたちとお付き合いを始めたばかりのど素人。深入りの100歩手前くらいで分類の話はやめておこう。

 そんなわけでわたしが選んだのは、オオアカホシサンゴガニです。小さな身体全体に、赤い水玉模様のような洒落た斑紋があるので「草間彌生がデザインしたんですよ!」と言っても誰も疑わないかもしれない。それくらいポップな見た目をしています。

 1匹だけ描くよりは、これまでのカニ作品より大きな画面に何匹かの群れで描いてみると楽しそう。水玉模様のカニの群れ・・・見たことはないけれど。



踊りだすカニたち


 さて制作。下絵は無しで、カニの輪郭とディテールを和紙に鉛筆で描いていきます。ハダカデバネズミを描く時と進め方は同じです。そこに実際のサンゴガニより少し黄みがかった赤、つまり朱色を、混色なしでカニたちにのせていきました。同じ朱色や金箔を使って、鳥形やパール状に連ねた装飾もアクセントとして加えます。もう少し華やかな雰囲気が欲しかったので、白の混ざった不透明なグリーンの顔彩も使ってみました。そういえば数年前まで住んでいた奈良では、こんな配色のお寺や塔ばかり見ていたな。渋くも鮮やかな赤白緑に懐かしい気持ちが蘇ります。

 描き進めるにつれ、いつものわたしの作品には見られない賑やかさが画面にあらわれてきました。もしこれが透明感を特徴とする水彩絵具を使った場合だと、鉛筆で描いた陰影の部分は暗さとして強調されるため、もっと静かで沈んだ雰囲気の作品になるかと思います。

吉祥の「上朱」と「花白緑」を使って描いたサンゴガニたち


 描きあがった作品を眺めていると、わたしがカニというモチーフで表現したい物語が徐々に明確になってきました。カニたち独特の形態に共通する特徴である、腕も脚もあちこちに放り出した開けっぴろげな感じ。その姿がなんだか、にぎやかに踊りながら練り歩く様子に見えてきたのです。そして、生活と信仰が同時にそこにある時の多幸感のようなものが、音楽となってかすかに聞こえてくるような気がしました。笛・太鼓のお囃子や、インドのバーラト・マータを讃える唄、「ワッショイ!ワッショイ!」のかけ声・・・。大合唱というよりは、個々の祈りの声が喧騒となって、ある空間を満たすような感覚だと思います。

 わたしはカニのことをグロテスクだなと感じつつ、取材を通してその姿形に滑稽なほどの明るさを見出していたのかもしれません。そんな気づきとともにカニの写真を見返してみると、爪を振り上げる堂々としたスタイルからは「どうぞ、描いて!」と言われているようにも思えます。(カニ料理好きなわたしの母には「どうぞ、食べて!」に見えるのと同じことなのかも。)

《 唄 CANTO 》
鉛筆、顔彩、金箔、半草鳥の子紙
31.8×40cm
2024




 これまで続けてきた、鉛筆で描く静謐なモノトーンの世界と並行して、ガチャガチャと騒がしい音を奏でる新しい仲間と創作の旅をしてみるのは悪くない気がしてきました。ありがたいことに、カニの世界にはまだまだわたしの知らない色や形態のカニたちがたくさんいて、順番待ちをしてもらったら気が遠くなるほどモデルには事欠かないはず。サンゴガニだけを描きまくって大きなシリーズを作るのも良いかもしれません。

 今はまだまだアイディアの着火点にたどりついたところ。だけどしばらくは難しいことは考えず、カニたちと楽しく踊り明かしていられそうです。慣れないステップで、おそるおそる。いつまで続くかは分からないけれど。




記事をご覧いただきありがとうございました!
このnoteはわたし自身の制作の記録として執筆しています。次回は、依頼を受けて描く「ペットの肖像画」についてご紹介したいと思います。



記事の中で紹介した作品はオンラインストアにも掲載しています。プロフィール欄のストアタブからも商品をご覧いただけます。

リクエストがありましたら過去作品についてもnoteで解説しますのでコメントをお待ちしています!



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