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どのような産業が地域・都市を発展させるのか?

はじめに


地域や都市の発展には,産業が必要である。産業は所得と雇用を生み出す源泉であり,政府にとっては重要な納税者でもある。そのため各地域・都市は産業誘致に力を入れたり,起業支援を行ったりする。

そもそもどのような産業が地域・都市を発展させることができるのだろうか。

経済基盤モデル

地域経済学の教科書でよく紹介されているのが,経済基盤モデル(Economic Base Model)だ。非常にシンプルであるため,その分実証分析では問題点が指摘されるが,考え方としては示唆に富む。

産業を基盤産業と非基盤産業と分割する。基盤産業とはその地域の所得と雇用を生み出す産業であり,そのため他地域の同じ産業に比べて競争力を持つ。一般にそのような産業の生産物は,当該地域の需要を満たすとともに当然他の地域の需要をも満たす(つまり移出/輸出競争力のある産業)。反対に,非基盤産業は他の地域に比べて競争力を持たず,その地域内の需要を満たすだけの産業である。あるいはその産業の生産物はその地域内の需要を満たすことができず,他の地域から移入/輸入している(移出/輸出において比較劣位にある産業)。

当該地域の総労働者数Lは基盤産業の労働者数LBと非基盤産業の労働者数LNの合計である。したがって
L=LB+LN
という恒等式が成り立つ。非基盤産業の労働者数は地域内総労働者数によって決まると考え,その割合をαとすると
LN=αL
となる。(0<α<1)これを上記の恒等式に代入して,総労働者Lについて解くと
L=(1/1-α)×LB
となる。すなわち,基盤産業の雇用がその地域全体の雇用を決め,それとともに非基盤産業の労働者が決まるのである。

このモデルの実証分析の難点は地域の基盤産業はどれか?ということである。一般に,特化係数(その産業が当該地域にどれだけあり,全国と比べて大きいかどうか)が用いられ,特化係数が高ければ,基盤産業としてみなされる。

基盤産業をどう見分けるか

産業は,貿易財部門(Tradable Sector)と非貿易財部門(Non-tradable Sector)の区分に分けられることがある。貿易財部門は地域外に移輸出入している産業であり,経済基盤産業としてみなすことができる。非貿易財部門はその地域だけに供給されているので,非基盤産業である。

地域・都市開発の観点からいうと,製造業が貿易財部門,サービス産業が非貿易財部門とみなされるので,以上の議論から導かれる政策的含意は,地域に製造業を誘致しよう!ということになる。

しかし,「東アジア発展モデル(雁行形態論)は終わったのか?」でも述べたように,サービス産業でもICTの発展で,貿易財として見なすことが可能になっている。製造業とサービス業という伝統的な分類で,基盤産業を決定することは難しくなっている。

そこで,Hallward-Driemeier and Nayyar(2017),Nayyar, Hallward-Driemeier and Davies (2021)の研究を見てみよう。彼らは,労働者のスキル,輸出という観点から,製造業とサービス業を以下のように分けている。

技能別,輸出別製造業,サービス業分類

製造業の貿易財としては,高技能グルーバルイノベーターとして分類されるコンピューター,医薬品産業がある。中技能となると電子電気,機械,輸送機械などがあり,低技能では繊維やその他製造業である。サービス業の貿易財としては,グローバルイノベーターサービスとして分類される,情報通信,金融保険,専門サービスであり,低技能となると観光に関連する飲食,宿泊,輸送をはじめ,世界の貿易を支える卸売業である。

非貿易財をみてみよう。製造業では,資源をその地域内で加工する鉱業,化学製品,そして資本集約的にその地域内で加工する金属・非金属,木材加工や食品加工である。ただこれらの製造業でも,国や地域によっては貿易財となりうる(資源立国・地域など)。サービス産業では,医療・教育は高技能産業として,小売,対個人サービス(散髪など),行政,エンターテイメント,芸術などが低技能とみなされている。

このように貿易財産業はその地域の雇用や所得を生み出す基盤産業としてみられている。

なぜ貿易財部門が経済基盤産業になるのか。それはイノベーションが常に発生し,生産性が向上しているからだ。つまり賃金が上昇し,人々の所得を向上させる。もう一つは,地域の非基盤産業雇用や所得にも影響を与える。ハイテク産業で働いている高給の人々がその地域のレストラン等でお金を落とすことでレストランのような非基盤産業の雇用と所得を生み出すのである(モレッティ2014,80-82)。

モレッティの研究

モレッティ(Moretti2010)は,1990年,1990年,2000年のアメリカの人口センサスを用いて,雇用乗数(Multiplier)を求めている。求め方は経済基盤乗数とはやや違うものの,基本的にはスキル別に

貿易財部門が非貿易財部門の雇用をどれだけ生み出すのか

を推計している。その推計によると,貿易財高スキル部門の雇用が1単位増えると,非貿易財全体の雇用は,2.52単位増え,貿易財低スキル部門の雇用が1単位増えると,非貿易財部門全体の雇用を1.04単位増加させるという。貿易財でも詳細な部門,いわゆるハイテク部門(主にコンピューター機械,電子機械,専門的な設備など)は非貿易財部門の雇用の4.9単位を生み出すとしている。

モレッティ(2014)は,伝統的な製造業ではなく,イノベーションが発生し,生産性が向上しているハイテク部門(製造業,サービス業ともに)を発展させることが地域・都市経済にとって重要だと主張している。

おわりに

地域・都市を発展させるのは,経済基盤産業であること,経済基盤産業の中でも貿易財産業が重要であること, 貿易財産業として,製造業においてはコンピューター関連産業,サービス業においては情報通信(ICT)産業,などの高スキル,高移輸出型産業である。
中国では製造業が重要視されており,そのためEV車,ドローン,新型エネルギー関連などの産業(どれもコンピューティング機能が必要)の発展が著しい。アメリカではサービス産業,とくにICT産業の技術革新とそのサービス輸出が大きいように思える。

参考文献

エンリコ・モレッティ(2014)『年収は「住むところ」で決まる-雇用とイノベーションの都市経済学』プレジデント社
Moretti, Enrico (2010) Local Multipliers, The American Economic Review, Vo. 100, No.2, Papers and Proceedings of the One Hundred Twenty Second Annual Meeting of the American Economic Association, pp.373-377

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