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東アジア発展モデル(雁行形態論)は終わったのか?

はじめに

これまで,開発経済学では,ぺティ=クラークの法則があり,経済は第一次産業から第二次産業へ,第二次産業から第三次産業へと変換していくとされた。実際に各国の産業構造はこのように変換してきた。

ここから導かれる含意は,経済発展初期にはまずは第2次産業,なかんずく製造業が必要ということだ。

筆者はアジア経済論も教えているが,通説では,アジアの経済発展を支えたのは製造業であり,先進国から労働集約型産業が途上国に移転し,その後資本集約型産業が途上国に移転し,途上国の製造業発展に貢献し,雇用を生み出し,所得の増加につながったというものである。つまり,製造業にはライフサイクルがあり,技術が普遍化するとその製造業は途上国に移転していく。いわゆる雁行形態論として指摘されるアジアの発展モデルは,発展途上国では第2次産業を受け入れ,発展のエンジンとし,その後第3次産業中心の経済構造になることが期待されている。

昨今の技術革新では,AIやロボットで製造業の雇用が期待できなくなっており,製造業でも途上国に多い未熟練労働者(低スキル労働者)自体を必要としなくなってきている。発展の方法として製造業を誘致する魅力は減ってきており,それに代わってサービス産業を主体とする発展戦略も可能性を秘めるようになった。その様子を見てみよう。

製造業の存在が変化

近代化/工業化(Industrialization)の主役であった製造業が今後経済発展の支柱産業足りえるのだろうか。

様々な記述統計分析を行った結果,Hallward-Driemeier and Nayyar(2017)は以下のように主張する。

①新しい技術とグローバル化の変化によって,製造業を主体とする輸出主導型発展は期待できなくなっている。経済全体における製造業の雇用と付加価値は減少していること,生産性向上と雇用創出という製造業の二つの約束は、労働節約技術(オートメーション,ロボット化など)の重要性が増していることを考えれば、将来も期待できない。

②多くのサービスは生産性の向上が期待できるようになり、サービス需要の増加に伴って雇用も増加する可能性が高い。また製造業であってもバリューチェーンに注目すれば,生産性向上と雇用創出から恩恵を受ける可能性は上昇する。製造プロセスを、商品の設計、製造、販売、使用支援に関わる活動のバリュー・チェーンとしてとらえ,生産そのものに注目するよりも,企画開発,販売などのサービス業関連を強化すれば、生産性向上と雇用創出の機会を得ることができる。

③もちろん,一部製造業は工業化の原動力となり続ける。例えば、一次産品ベースの製造業は、自動化が進んでいない。繊維製品、衣料品、履物など、労働集約的な貿易品の生産においては、これまでのところ自動化が限定的であることを考慮すれば、単位労働コストの低い国々は費用対効果を維持できるだろう。

サービス産業が重要になる

サービス産業の特徴は,モノと違って見えにくいという無形性,生産と消費がその場で発生するという同時性,在庫が持てないという即時性,提供者によってサービス内容が異なる異質性,などである。

ところがデジタル技術やICT(情報通信技術)の発展により大きな変化が出てきた。デジタルコンテンツを例にとると,在庫が持て,コードとして複製可能であり、どの地域にも転送可能になり、その分,規模の拡大が期待できるようになった。研究開発(R&D)を通じたイノベーションが,知的財産権の保護とともにICTの多国籍企業を中心に起こるようになった。それに加えてICTサービス(例えば,データ管理や分析など)は多くの産業における生産工程の効率を改善し,製造やサービスの質を向上させていったのである。

Nayyar, Hallward-Driemeier and Davies (2021)は,以下の3点を指摘し,サービス部門が経済成長と雇用創出に貢献できることを論じている。

  1. 規模の経済の拡大: 遠隔地への配達(リモートデリバリー)やフランチャイズなどのビジネスモデルにより、サービスはより広い市場に展開できるようになり、成長の可能性が広がった。

  2. イノベーション: デジタル技術の活用により、生産性の向上や新たなサービスの提供が可能になった。また、知的財産などの無形資本はイノベーションの原動力となる。

  3. 波及効果: サービス部門は他の部門に投入されることで、全体の経済成長に貢献する。

おわりに

彼らは、国は製造業に頼ることなく、サービス産業発展の機会を活用できることを強調している。しかし、重要な課題も残る。高賃金・高スキルなサービス(例:グローバルイノベーションサービス)は、低スキル労働者の直接的な雇用創出につながらない可能性がある。

しかし、このギャップは縮小しつつあるという。高スキルサービスは、他の部門を刺激することで間接的に低スキル労働者に恩恵をもたらし、低スキルサービスは、市場へのアクセス改善、データ分析、スケーリング技術の活用によって改善される可能性がある。

製造業は、今後も生産性と革新性を維持していく可能性はある。だがICT,ロボット,AIなどの発展によって、将来は雇用創出の面では貢献が減っていく可能性があり,途上国の発展モデル,とくに東アジアで展開された雁行形態論のような製造業の移転による発展モデルは,他の途上国のモデルにならないかもしれない。

<参考文献>
Hallward-Driemeier, Mary and Nayyar, Gaurav. (2017) Trouble in the Making?: The Future of Manufacturing-Led Development, Washington, DC: World Bank. http://hdl.handle.net/10986/27946 License: CC BY 3.0 IGO.
Nayyar, Gaurav., Hallward-Driemeier, Mary. and Davies, Elwin. (2021) At Your Service?: The Promise of Services-Led Development, Washington, DC: World Bank. http://hdl.handle.net/10986/35599 License: CC BY 3.0 IGO.

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