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「当たり前を問い直すこと」を探求するため、法人経営と大学講師をしながら大学院へ――bond place代表理事の小笠原祐司さんに学ぶ、自分との向き合い方

小笠原さんに初めてお会いしたときの光景は、今でも鮮明に覚えている。

大学生のころ運営していたブログで、おきてがみのメンバーでもある金田が「小笠原さんに取材したい」ということで、撮影係として取材に同席した。

編集者という職業を選択しているにも関わらず、私は昔から極度の人見知りだ。今よりもその性質が強かった大学生のときの私だが、小笠原さんと初めてお会いしたときに、うまく表せない安心感のような気持ちを抱いた。

そんな小笠原(祐司)さんが代表理事を務めるNPO法人bond placeは、対話を通した場作り事業を手掛けており、さまざまなワークショップの開催や事業支援を行っている。個人としては東京と山梨の2拠点生活をしており、2019年度から山梨学院大学の特任講師に、2020年度からは北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の博士前期課程に通うこともブログに記した。

今回の取材では、小笠原さんが法人の代表と大学の特任講師を勤めながらも、大学院に入学するという意思決定をするまでの気持ちの変化を伺った。

「Withコロナの時代」とも言われる中、自分自身のやりたいことや課題とどう向き合い、次につなげていくか――。そんな漠然とした不安と向き合っていた自分を前向きにさせてくれる言葉ばかりであった。

場作りを通した「関係性と軸の構築」を

――前回の取材では、まだ法人化前のタイミングでした。2015年にNPO法人となり、現在はどのような場作りに取り組まれているのでしょうか?

大きく分けて、3つの事業を行っています。1つが、貧困家庭で育つ子どもたちに対して、学びの場を提供する「B@SE」などの場作り事業、2つ目が課題解決組織づくりのサポート、3つ目が女性の起業家支援プロジェクト「co+shegoto」や小学生の起業体験プロジェクト「みらまち」などのコミュニティビジネス創業支援事業が中心となっています。

個人では、山梨学院大学の特任講師や、中小企業基盤整備機構の人材支援アドバイザーをしています。4月からはJAISTの社会人コースに通います。品川のサテライト校で、平日の夜や土日に学ぶことになります。

※)取材時点は大学院が始まる前でしたので、このような表記になっています。現在は新型コロナウイルスの影響により通学はストップになり、オンラインでの授業が今後予定されているそうです。

――SNSの投稿を見ても思っていたのですが、領域が幅広いですよね。

どの事業においても、基本的にやっていることは場づくりを通した「関係性と軸の構築」です。山梨県の委託事業で始まったco+shegotoも、県や金融機関との連携を模索しながら、ワークショップなどを通して起業したい女性を支援する取り組みでした。これまでの4年間で約500人が参加し、60人の起業家が生まれ、約1億1150万円の融資が行われています。

――場づくりに関わろうと思ったのは何かきっかけがあったのでしょうか?

原体験は浪人していたころかなと思います。当時、英語の成績が全然伸びなくて。ずっと自分を責めていたのですが、予備校の先生に学んだことで勉強が楽しくなって、成績も少しずつ上がったんですよね。周囲の環境で、人ってこんなに変わるのだなと。

――その時から今のような形を描いていましたか?

いえ。大学のころは教員になりたいと思っていたのですが、教育実習に行ったら何か違うなと思って。教授に進路を相談してみたら、色んな選択肢を教えてもらい、新卒では人材育成支援を行うウィルソン・ラーニング ワールドワイド(WLW)に入社しましたね。

bond placeを立ち上げたのは、入社2年目のときに参加した(NPO法人)ミラツクのイベントの影響が大きかったです。社会起業家のトークイベントで、社会課題を自分事として捉えている方々の姿がカッコイイと感動したのを覚えています。「自分もあの起業家のようになりたい」「何か自分事にできることはないか」と思うようになりました。

――そこから、なぜワークショップという手段に?

大学生に就職活動について相談されたとき、自分だけでは解決することが難しかったので、「多くの人と出会い、悩みを打ち明けられる場を作れたら」と思ったんですよね。色々と方法を考えていく中で、大学生のときに児童館や小学校の子ども向けキャンプをお手伝いしていた経験もあったので、自分が貢献できる領域はワークショップなのかなという結論になりました。

――問題解決の手段として、一番適しているのがワークショップだったと。

そうですね。ただ経験はあるものの素人だったので、ワークショップに関する本を読んで勉強したり、専門家である舘野泰一さん(現・立教大学経営学部 特任教授)に相談したりしましたね。

青山学院大学の「ワークショップデザイナー育成プログラム」も受講した後、任意団体としてbond placeを2013年に立ち上げ、今に至っています。

「当たり前を問い直すこと」について学びと実践を

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▲大学での講義の様子

――昨年度からは大学の特任講師にもなられました。法人の代表もしながらだと相当大変だったと思うのですが、働き方の面で変化はありましたか?

そうですね。大学は非常勤だったころと比べて授業が増えたり、教授会にも参加したりと忙しくなっていく中で、法人の仕事もあるし、今1歳9カ月になった息子の子育てもしなければいけない。自分が何をやるべきか、何をやらなくていいのかを悩んで、摸索した1年でした。

――自分がやるべきこと、やらなくてもいいことはどのような軸で判断されましたか。

どれだけワクワクしているかと、一人だけでやろうとしないことですね。

ワクワクしているけれど自分がやらなくて良さそうなものは仲間にお願いしたり、ワクワクが少なくてもやらなければいけないときは誰かと一緒にやったり。色んな人が関わることの苦労もありましたが、自分はやりたいことがいっぱいあるので、得意なことにエネルギーを割いて、できないことは誰かにお願いしたほうが仕事のアウトプットが良くなるのかなと。

――小笠原さんのSNSを見ていると、特任講師になる前は日々色んな地域に訪問されていて、「お忙しそうだな」と思った覚えがあります。それを自分が本当にワクワクしているかを判断軸に、誰かと一緒にやったり、仲間にお願いする形でシフトしていったんですね。

昔の仕事にワクワクしていなかったわけではないのですが、以前は常に動いていないと仕事がなくなるような気がして、依頼がくると「イエスかハイか喜んで」みたいな感じになっていたんですよね(笑)。そうすると、一つひとつの仕事のパフォーマンスが下がってきて、クライアントにも自分にも失礼だなと思うようになったんです。無理してどんどんやるのではなく、立ち止まって何ができるのか、何をしたいのかを明確にするようにしました。

今考えてみると、生活に余白がなかったのかもしれません。常に誰かと会っていて、人の話は聞いているけれど、自分の心はどう感じているんだっけみたいな。余白が生まれると、やるべきことの選択と集中や、やりたいことの言語化ができるようになっていきました。

――大学院の話につながると思うのですが、余白が生まれて自分と向き合う中で、今小笠原さんが「やりたいこと」は何になったのでしょうか?

一言でいうと、「当たり前を問い直す」ことです。

ワークショップのファシリテーションをするとか、対話する場作りというのはあくまで手段でしかなく、自分の中で意義を感じてワクワクできているのは「問題を問い直すこと」や「問題発見」の部分だと気付きました。大学院では「文化人類学」や「エスノグラフィ」について伊藤泰信准教授のもとで研究するのですが、これらがまさに“当たり前を問い直す”学問なんです。

ありがたいことにNPOは事業の幅が広がり、成果が出てきましたし、視察にも来てもらえるようになりました。ただ、その中で「何回研修をやった」とか「何人が参加した」という数値的なものだけでなく、どのように人が変容していくか、変容した結果何が生まれているのか、変容するために何が大事になるのかをもっと言語化していく必要性を感じていて。色んな方に相談しているうちに、文化人類学やエスノグラフィにたどり着きました。

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▲ゼミ生と卒業式に撮影をしたときの写真

――やりたいことを決めるうえで、影響を受けたものはありましたか?

大学のゼミ生にはすごく影響を受けましたね。エスノグラフィをテーマに卒論を書いてもらったのですが、自分史について書いてくれた学生がいて。親との葛藤だったり、友人との人間関係だったり、自分の変化を理論とつなげて卒論をまとめていったんです。

その姿を見ていると、技術や知識も大事なのですが、どんなときでも“自分と向き合うこと”が大切なのだと、あらためて思わされました。「技術課題」と「適応課題」という言葉がありますが*)、自身のマインドやOSを変えないと、いくら知識や技術を身に付けても、なかなか状況は変わりません。自分自身の思い込みや当たり前を問い直し、変わっていくからこそ、周囲も変わっていく。そのことを学生から学びましたし、文化人類学やエスノグラフィについて研究と実践を深めたいという強い気持ちにつながっていきました。

*)技術課題と適応課題について詳しく知りたい方は、宇田川元一さん著『他者と働く——「わかりあえなさ」から始める組織論』をぜひご覧ください(小笠原さんから紹介いただきました)。

息子に「仕事って楽しそう」と思ってもらえるように

――おきてがみは、暮らしに軸を持って生きるローカルの人々を後押ししたいという思いで始めました。現在は、多様な生き方が受け入れられるようになった一方で、自分にとっての軸ややりたいことを見つけるのが難しくなったように思います。新型コロナウイルスの影響で不安定な世の中にもなる中、より一層“自分と向き合うこと”が大切になると思うのですが、小笠原さんが周囲に相談されたときはどのようにアドバイスされていますか?

適応課題の話と近いのですが、まずは解決しようとする前に、心のレントゲンをとってほしいということです。すぐ「何とかしよう」と考えるのではなく、まず「何が起きているのか」を味わうこと。これは心に痛みやしんどさが伴うものです。だからこそ、1人ではなく誰かとやってほしい。対話やワークショップなどの場作りには、そういう意味があります。

「べてるの家」から生まれた「当事者研究」という言葉がありますよね。自分自身の病気や課題について、人と問題を切り分けて、研究として客観視する。このアプローチにすごく可能性を感じていますし、今不安を感じている方は調べてもらうと良いかもしれません*)。

*)当事者研究やべてるの家は、Webメディア「soar」の記事を見ていただくと分かりやすいです(こちらも小笠原さんに紹介いただきました)。

――自宅での自粛が続く今だからこそ、自分と向き合い、やりたいことや課題に向かって誰かと一緒に研究する時間をとってみても良さそうですね。

新型コロナウイルスによる外出規制が長期化する中で、私の周囲を見ていても反応が大きく分けて二つに分かれているような気がしています。

「変わりたくない」と悲観的になってしまっている方、絶望の中かもしれないけれど前を向いて「光を見よう」としている方。悲観的になっている方を否定するわけではないですが、こんな状況だからこそワクワクしながら変化に適応していけるよう、私自身も色んな試みを進めていきたいですね。

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――最後に、仕事や大学院での研究も含めて、長期的な自分のありたい姿や今後の目標などがあったら教えていただけますでしょうか?

明確にあるわけではないのですが、息子が大きくなったとき、僕の生き方をみて「仕事って楽しそうだね」と思ってもらえることが一つの目標ですかね。そのためにも、大学院で研究したことを地域や企業の問題発見につなげるなど、学んだことを実践していきたい。発信もしたいし、大学の授業でも紹介していきたい。せっかく色んなことを循環できるフィールドにあるので、全部をつなげて、自分がワクワクしていられると良いなと思います。

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(執筆:庄司智昭

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