妻と筋肉【詩型融合作品】

短歌・俳句・自由詩の融合作品です。
第五回詩歌トライアスロンで候補作に入りました。

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妻と筋肉


                 久真八志


1.
妻が、鍛えはじめた
冷えた床を
ダンベルが転がる
シャーベットカラーの金属の音
〈妻と来て他にはいない兎展〉

玄関ドアをひらくとセンサーライトがつぎつぎと点る
廊下の先には妻の
規則正しい息
〈尾を探すけもののようにクリスマス〉

ダンベルを擡(もた)げるたび
妻のタンクトップは薄くなり
あちらこちらから白い息を吐く皮ふ
〈火の中で笑うおじさん冬銀河〉

もうすぐ明ける夜
妻の好きな窓が絢爛
鍛えているのは妻ではなく夜かもしれない
〈如月のパチンコ店のドアひらく〉

2.
妻に会いに来たという少年は僕を無視して家の中を見渡した。
少年『砂時計の砂に隠れる鮫たちよ
   見上げたらほら
   星はなかった』

玄関ドアが再びひらく。ランニングウェアの妻が立っている。
僕は両腕を抱えて震えた。
僕『食パンの
  マーガリンうまく塗る妻の気づけばすこし
  凍りついた手』

僕によく似た少年は箱からダンベルほどの大きさの兎を取り出した。
少年『嘘泣きに飽きてつぶしたなめくじに芯あるほどの
   わたし
   かなしさ』

妻が兎を受け取る。
兎のかわいい肛門から糞がジャラジャラとあふれ出す。
妻『南極の
  巨大化する穴の向こうに
  振り返す手はみんなしもやけ』

僕は凍えながら鼻をつまむ。
僕『すこしずつ
  妻のなくした口紅の
  色に似てくる冬の夕ぐれ』

妻の顎、首、鎖骨から、汗が祝いのように噴き出した。
妻『ビッグロボット
  ねえ
  僕たちが未来って呼んでいるあの霧を壊して』

3.
凍った兎をかい抱く
みずぶくれの手を凍らせて
鉄のベースメイクを
カドミウムのファウンデーションを
コバルトのチークを
洋銀のアイブロウを
鉛のマスカラを
水銀のリップスティックを
塗りおえたとき妻は
怪獣を倒してきたみたいに笑った

筋肉男子(マッチョメン)の火照りや春の油揚げ

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