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No.800 まことにささやかで個人的なお祝いですが…。

「ビールは何に入れて飲むと美味いか、知っちょるかい?」
とシッタカブッタの理科の同僚から尋ねられたのは、私の心根の素直な若かりし頃です。
 
アルコールが入っていさえすれば何でもよい程度の我が舌は、ビールはおろか酒類全般に旨い不味いや、良し悪しを利きわけられる筈もなく、「否」と答える以外ありません。
 
彼氏の説に拠れば、第一が錫、第二が銅、第三が陶器だそうです。いつ、どこで、誰から、どんなふうに仕入れたネタか、タネ明かしをしませんでしたが、その口調に自信のほどがうかがえます。そういえば、時代劇や時代小説に登場する「ちろり」(酒を温める器具)は銅製だったようです。熱が伝わりやすく、冷めにくくもあったのでしょうか。
 
「ふ~ん!」と聞き流すくらいの生返事をしたのでしたが、翌日、同僚数人から頂戴した「こころざし」だというお祝いの品は、なんと、錫製のタンブラーでした。シッタカブッタは、この時のために伏線を用意したものとみえます。「美味しく飲めよ!」という言葉の代わりに…。心憎い演出?
 
下衆な街道をまっしぐらな私は、その日の晩に、ビールをなみなみとついで味わいました。しかし、我が舌の味覚センサーが、本人が思っている以上に鈍いという事を思い知るのに時間はかかりませんでした。最後の一滴まで「違いの分かる男」にはなれませんでした。
 
味は分かりませんでしたが、錫は重いという事だけはハッキリわかりました。それにしても、あの日は何のお祝いだったのか、そのことすら思い出せずにいます。鈍いのは、どうも味覚だけではなさそうです。トホホ。
 
久々にあのタンブラーで、本日の800号目をささやかにいわいます。
 
「明星の 銚(ちろり)にひびけ ほととぎす」
 芥川龍之介(俳号:餓鬼、1892年~1927年)

※画像は、クリエイター・odapethさんの、タイトル「水道筋界隈で日本酒が飲めるお店」(説明に「たまいちさんの日本酒」とあり)をかたじけなくしました。お礼申します。