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No.657 逆転の発想を持ちたいお年頃なのです


詩人の雄弁さに舌を巻いた一冊でした。脳天に活を入れられた思いでした。
 
「まるでお客のつかないなりたての易者のような不器用な手つきで…」
「ときどき胸の時計(銀の懐中時計)をたぐりあげては、試験官をみるように…」
「まるで陽灼けしたバスケットボールの選手が、長い太い人指し指で、生まれてはじめて、鉄でできたピアノの鍵盤をおそるおそる叩いているみたいに。」
「自供しすぎた小心なスパイのように、男はあわててベンチから立ちあがり…」
「親切というハサミで不作法にジュジュの幸福な孤独を截ちおとす声がしました。」
 
『猫が行く サラダの日々』(長田弘著・晶文社)には、魔法をかけられたような言葉が自在に飛び跳ねています。見立ての表現効果は抜群です。
 
「ページを繰るごとに、もぎたてのイチゴのような匂いがして、風が吹いてくる。」
とは、小説家田辺聖子からこの本への褒め言葉の一つですが、私は、言葉の園で寝そべっていたい思いにかられます。
 
「二つの目は開くことのできる二つの目でもあるけれど、閉じることのできる二つの目でもあるんだ。」
詩人の逆転の発想に、心の豊かさを思い知るのでした。厳しい言葉の世界で紡ぎ出される詩人の言葉が、鼓動しています。おかげで、新茶の馥郁とした香りのような、浮き立つ心で時を過ごすことが出来るのです。
 
キコキコと身体がきしむ音がするような老体の人生に、潤滑油を指してくれる一冊でもありました。

※画像は、クリエイターMizue/Miyachiさんの、タイトル「読みかけ読書の顛末」をかたじけなくしました。お礼申し上げます。