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74.三題噺「求人情報、胸、脳」

 今日から3日間、期末試験だ。

 私は教師として解答用紙を回収した。

 生徒たちは午前で終わると喜んでいる。羨ましい……。

「先生」

「ああ、君か」

 廊下に出ると、生徒会長が声をかけてきた。

 マカロン君という可愛い渾名をつけられても文句ひとつ言わないいい子だ。

 冷静に振る舞う私の内心は、実は焦っていた。

 昨夜チャットが来ていたのだ。

 すぐに返した方がいいのか、それとも時間を置いた方がいいのか、内容はどうしようか、先生という立場上、好意をはぐらかした方がいいのか、なんてことを脳をフル回転させて悩みに悩み抜いていたら、今日になっていた。

 だから、今でも返信できていない。

「……」「……」

 沈黙が気まずい。

 対面することを避ければよかったか?

 いや、話しかけられた時点で反応しないわけにはいかない。

「先生は、映画お好きっすか?」

「……え?」

 咎められるかと思ったら、全く別の話だった。

「……まあ、人並みには見るが……」

「なら! 今度一緒に映画見に行かないっすか? えっと……。ラッキーなことに、懸賞で映画のチケットが2枚当たったんです」

 早口で捲し立てる姿はとても可愛らしい。

「いいよ」

 私が微笑んで誘いを受けると、生徒会長はぱあっと明るい笑顔になって「よしっ」と小さくガッツポーズした。

「それじゃあ、詳細はまた連絡します」

 生徒会長は自分の教室に帰って行った。

「ふふっ。大人びて見えるが、あの子も年頃の男の子なんだな」

 私は彼女になって独り占めしたいと思ってしまった。

 恋心は膨れ上がっていく。
 響く鼓動と、胸にある熱く甘酸っぱい気持ちはもう隠しようがない。

 必死に自制する毎日だ。

「今日も疲れたわ〜……」

 それから今日の仕事を全て終え、私は夜遅くに帰宅してポストを見た。

 求人情報の書かれたチラシが入っている。

「いっそ教師を辞めて転職してカップルになっちゃおうかしら……」

 いや、接点が減るのはやっぱり寂しい。

 今の両思いの関係のまま付き合わずに楽しめばいいのだ。それなら問題ないはずだ。

「でも……」と私は心の声が少しこぼれた。

「私も高校生だったらよかったのに……」

 それなら、堂々と付き合えたのだから。

 ありもしない妄想をしながら、私はほてった体をひとり慰め、就寝した。




作者です。
三題噺を書きました。
題目の選定は以下のサイトを使用させていただきました。
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