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未知なる次元のポケモンたち|ポケモンSV|キャクストン私設図書館|読書感想文|ネタバレ


  • 物語は命を与えてもらいたがっているらしいということ

  • 物語は人々の信仰によって具現化することがあるらしいこと

  • 物語は我々の知らぬ間に世界を書き換えてしまうらしいこと


「失われたものたちの本」以降、筆者はすっかりジョン・コナリー氏の描く世界にハマってしまい、この方の描く世界をもう少し見てみたいと「キャクストン私設図書館」という短編集を手に取りました。

この本に収録されているそれぞれの短編作品は作者の本や物語に対する愛情に葛藤、そして畏怖の念が表現されているように感じ、この一連の短編集及び「失われたものたちの本」を読んで筆者が受け取ったものが主に上記の3つになります。

そして筆者には新しい物語に感銘を受けるたびに自分が持っている既存知識と結びつけたくなるという悪癖を持っているので、この短編集読了後に「つまりポケモンってアトラス・レグノム・インコグニトムだったのか」(※1)と思ったわけです。何故こう思ったのか、この感覚を言語化するためこうして記事を執筆することにしました。

※1 アトラス・レグノム・インコグニトムについて
キャクストン私設図書館において「未知なる次元の地図書」や「地理学的不可能生の地図書」などと訳されているラテン語。
Regnom:王国 Ignotum:未知 を指している。Atlasは文字通りギリシャ神話に登場する巨人を指すがアトラスは「メルカトル図法で有名なオランダのメルカトル(Geraard Mercator 1512~1594)が遺言して彼の死後、1602年に出版された地図に”アトラス”という呼び名を用いて以来、地図帳をアトラスと呼ぶ慣習」に由来し「地図書」と訳されている模様。

世界各国地図集成について - 横浜国立大学附属図書館より引用


注意事項

  • 短編集「キャクストン私設図書館」(主に短編「裂かれた地図書」について)及び「失われたものたちの本」、ゲーム「ポケットモンスター スカーレット/バイオレット」のDLC前後編を含むネタバレを含みます。

  • この記事に書かれているものは筆者の主観と感想であり公式見解ではなく、公式の想定した解釈とも異なる場合もあります。またあなたがそれぞれの作品について思ったことを否定するものではありません。

  • この両作品に関係性は全く無く、筆者がこじつけて妄想しているだけであることをご了承願います。

  • この記事における筆者=ぬるまろむ、作者=ジョン・コナリー、書き手=作中に登場する物語を語る人物として書き分けています。




◆裂かれた地図書の物語


短編集の中の「裂かれた地図書」は、その表題と同名のオカルト本を手にした人間が失踪したり怪物に襲われるなど次々と不可解でおぞましい目に遭うことが描写されるかなりグロテスクな作品で、読み手・書き手ともに「今、自分は正気なのか」と疑わせるような狂気を感じましたが、この作品からは「本が知らず知らずのうちに世界を書き換えてしまうこと」に対する畏怖の念が込められているのではないかとも考えました。

物語中で裂かれた地図書は神ならざるものによって書かれた多元宇宙(マルチバース)のことが記された本とされており、時折この本に関わった人物の前に現れる身の毛もよだつ怪物はこの多元宇宙からやってきていることが示唆されています。
裂かれた地図書が世界に現れたことで、地球は地図書の中に描かれた別世界に置き換えられてしまったのではないかと示唆されていますが、不可解な現象に遭う人物の大半が正気ではない可能性があったり、また最終的にこの本を手にした人物も常人ではないとも読み取れるので、結局世界がどうなってしまったのかは読者の想像に委ねられているように思います。

本当に物理的に世界は変えられてしまったとも解釈できますし、一方でその本を手にしたり追い求める人物のほとんどは狂気に駆られてしまうので、怪物が見えたり何者かに追われ行方不明になってしまうのは全部幻覚や妄想によるものだと解釈すれば、実際に変えられたのは「地球」そのものではなく「その本に魅入られてしまったその人それぞれの心的世界」とも考えられるように思います(※2)。まあどちらにせよ「裂かれた地図書」が恐ろしい本であることに変わりはないのでしょうけど。

※2 筆者の解釈について1
作中の時系列を考えると小見出し1→2→3≒4→5になると思われる上に、3では「本がその場にない」にも関わらず異変が起こり、この異変を綴った書き手も正気であると読み取れるので、筆者としては本当に地球は未知の世界に書き換えられてしまったのだろうと解釈しました。

結局のところ、一冊の本に世界(及び心)を書き換えられることの恐ろしさや、人はどんなに恐ろしいものであっても好奇心を働かせてそれを求めてしまうという戒めが表現された物語のように筆者は感じました。

これはあくまでも「物語」の世界で起こった出来事ですが、実際我々も何らかの物語を知るとその物語を知らなかった頃には戻れませんので、そういう意味では本にしろ何か創作に触れる度に我々の世界は書き換わっているとも考えられますし、我々が「フィクション」として受け取った「物語」もどこかの多元宇宙や並行世界にとっては真実かもしれない──物語とはここではないどこかの次元で実際に起きたことが記されたもの。そのように考えるのも面白いかもしれません。


◆スカーレット/バイオレットブックの物語


「一冊のオカルト本を追い求めた結果、オカルト本に書かれていた存在が具現化し、最後にはその本に執着したものが身を滅ぼしてしまう」

さて、筆者はどこかで既にこんな物語を知っていた気がしますが、考えれば考えるほどポケモンSVにおけるオーリム/フトゥー博士が辿った物語を思い出してしまいました。

ポケモンSVもまた一冊の本から始まった物語と言えるかもしれません。

作中の物語が開始されるより遥か以前、パルデアの大穴をはじめて調査した隊員の一人であるヘザーはスカーレット/バイオレットブックと呼ばれることになる一冊の本を記しました。この本は大穴の詳細がわからなかった時代に多くの人に求められ大流行したようですが、蓋を開けてみれば本の内容は真偽不明のポケモンが闊歩していただの実に怪しいものばかりとされ、次第に世間からは奇書という扱いを受け現代では「オカルト本」として伝わってしまいました。



しかしそんないわくつきの本に魅入られてしまったのがオーリム/フトゥー博士であり、その本に書かれていることを信じ、パルデアの大穴を研究する著名な科学者にまで登り詰め、ついにはタイムマシンを開発しブックに書かれていた古代/未来のポケモンたち(パラドックスポケモン)を現代へ連れてくることに成功しますが、連れてきたポケモンが発端となった事故によりこの世界からいなくなってしまったとされています。


──そうして我々SVの主人公は残された博士の家族とあるポケモンに出会い、博士が遺した一冊の本とAIに導かれながら自分だけの宝探しの舞台へ臨むことになります。


裂かれた地図書のようなグロテスクさはないにせよ、ポケモンにおいて実際に一人の人間が「事故で生命を維持できなくなった」とまで言われたことはなかなか衝撃的な出来事だったと当時の筆者は感じました。



博士の物語だけを見ると悲しい結末を迎えてしまったように思いますが、その後主人公が友達と一緒に紡いだ物語によってただ悲しい結末に終わらせなかったのはポケモンの良さだな……なんて筆者は思いを馳せてしまいます。

博士はブックとの出会いによって夢へと邁進することができました。しかし一方で博士は一冊の本によって自分を変えられ、パラドックスポケモンを呼び出したことでこの世界すらも変えてしまった人物だと言えるかもしれません。博士が辿ってしまった物語も本(空想)とは世界を変えてしまうほどの力を持っていると示しているのかもしれませんね(※3)。

※3 筆者の解釈について2
多くの創作物がそうであるようにポケモンSVもまた何らかの別の創作の影響を受けていると筆者は考えていますが、個人的には世界が結晶化していく中の人間の心理描写を精細に描いたSF小説「結晶世界」もなんらかの存在に魅入られ執着してしまうことの恐ろしさを描くという点で参考にされているのかなと思いました。
ちなみに短編集「キャクストン私設図書館」は2015年に刊行されており2021年5月に日本語翻訳版が刊行されています。この作品の影響が皆無だったとは断言できませんが、ポケモンSVの制作において参考にされた・影響を受けたかどうかは微妙なところだと個人的に思っています。そもそも何かに盲執する者の末路を描いた物語というのは古来より普遍的に描かれてきたものだと思いますので。


◆パラドックスの物語


ところで、博士が変えてしまった世界を象徴するのがパラドックスポケモンではないでしょうか。

パラドックスポケモンの正体についてはファンの間で様々な説が唱えられており、公式情報は乏しく完全にその設定を明かすこともないと思いますので我々が大いに考え推測するしかないのですが──

「古代/未来に実在しているポケモンがタイムマシンによって連れてこられたもの」と解釈できる一方で「ブックに描かれていた空想の存在が具現化した本来は存在していないポケモンではないか?」とも示唆されています。

それぞれのパラドックスポケモンたちは元になったであろうポケモンがいますが、例えばトドロクツキやハバタクカミの元になったボーマンダ系統やムウマ系統はスカーレット版では生息不明で、同じくテツノコウベやテツノイバラのサザンドラ系統やバンギラス系統はバイオレット版では生息不明です。

古代に生息していたが絶滅した/現代にはいないが未来では繁殖した等の可能性もありますが、筆者は今我々がプレイしているバージョンの地続きの過去や未来から連れてこられた存在ではないことが示唆されているのではないかと考えています。


「アレ? でも 父ちゃんが タイムマシンを 作ったから 未来のポケモンが 来たんだよな? タイムマシンが できる前の 本に 未来のポケモンが 書かかれてるのは おかしくねー……?」バイオレット版より


しかしかつてブックに詳細を記したヘザー達もパラドックスポケモンを目撃しているはずです。一方現代では大穴に研究所が建てられるほど調査が進んでいたにも関わらず、タイムマシンによって連れてこられるまでパラドックスポケモンの姿を見ることは恐らくなかったと考えられます。

これらの矛盾はテラパゴスにその秘密が隠されているかもしれません。

テラパゴスはDLCおよびアニポケでの描写を見るに一時的に別次元の人物を転移させているかのような能力を発揮することがあります。以下は筆者の推察でしかないのですが、テラパゴスには「あらゆる多元宇宙から最も望んだ事象を取り出す力」があるのではないでしょうか。

例えばヘザー達が調査に訪れた際に目撃したパラドックスポケモンはヘザーを含む隊員のうちの誰かが「こんなポケモンがいたらいいなあ」という想像を元に「そのポケモンが実際に存在している次元の世界」からテラパゴスが一時的に呼び出したものかもしれません。
もちろん完全に想像通りのポケモンを呼び出せる訳ではないとも考えられます。ブックには想像で書かれた幻のポケモンのスケッチが残されていますが、実際我々の目の前に現れたのはブックにあったそれぞれの準伝説ポケモンが合体した姿ではなく個別に古代/未来のパラドックスポケモンとなった姿でしたから。とはいえスケッチに「想像」として載っていたポケモンが具現したのも事実でしょう。

過去や未来から誰かを転移させるものは確かに「タイムマシン」ではありますが、必ずしも地続きの過去/未来ではなく明らかに別次元から人が転移している描写を見ると、その実態はどんなバージョンのどんな世界も繋いでしまう「つうしんケーブル」なのかもしれません。
つうしんケーブルが異なる世界だけではなく遥かな過去や遥かな未来と繋がり、当時は想像もしていなかった新たなポケモンたちを送り合うことができるようになる──世代を跨いでポケモントレーナーを続けてきた者にはそうした経験があるかもしれませんね!



長々と妄想を語ってしまいましたが、この記事における個人的な結論を述べると「パラドックスポケモンとはポケモン世界における想像上の存在だが、多元宇宙のどこかには実在している存在である。彼らはポケモン世界の人々の信仰(ここではヘザー及び博士の願い)によってテラパゴスやタイムマシンを経由し現れたことで真に命を持った存在になり、そんなポケモンは存在しないと空想扱いした世界を変えてしまった」というものになります。まあ全部筆者の妄想ですがね……。


◆具現する物語


さて冒頭のお話に戻りましょう。筆者はポケモンとは裂かれた地図書なのではないかと感想を抱きました。ここで言うポケモンとはポケモンコンテンツのことを指しています。

裂かれた地図書はここではないどこか別の宇宙の未知の国が描かれた本でした。作中では大変おぞましい代物でしたが、未知の国の生き物を具現させるなど世界を変えるほどの力を持った本として表現されています。
一方SVにおけるブックも未知なるポケモンが描かれた本とも解釈でき、本そのものにポケモンを具現化させるような力はありませんでしたが、本に執着した博士はかがくのちからでパラドックスポケモンをこの世界へ呼び出してしまうほどでした。それだけ夢を後押しする魔力をこの本は持っていたとも言えそうです。

このパラドックスポケモンを巡る物語は世界を変えた象徴だと考えましたが、そもそもこの一連のストーリーこそ我々とフィクションであるポケモンの関係そのものを表しているようにも思います。

筆者としてはポケモンというコンテンツそのものが、我々に命を与えて貰いたがっていて、それに我々の信仰が応えることで具現化され、我々の知らぬ間にごく当たり前に世界に存在するように世界を書き換えてしまったのだと思わずにはいられません。
特に筆者はポケモンとほぼ同い年のため、この世界を認識した頃には既にポケモンは身の回りに存在しておりポケモンがいなかった時代など想像できないほどです。

もちろんこのような世界になったのは我々の信仰以上に、ポケモンというコンテンツに関わった全ての方々がポケモンを絶やさないよう続けてきた不断の努力によるものということは忘れてはいけません。その上で筆者はポケモンを自然と命あるものと受け止めていますし、この宇宙のどこかには本当にポケモンが命ある生き物として暮らす世界があるのではないかと思いを馳せてしまいます。

内的にも外的にもこうして物語によって世界が変わってしまうというのは恐ろしいことのようにも思えますね。実際裂かれた地図書や博士の物語だけを見ると、物語というのは時に人を空想の世界に強く閉じ込めてしまう危険な力を持っているようにも見えます。

一方で物語や空想は閉じ込める力だけではなく世界を広げ世界を豊かにする力も確かにあるとポケモンシリーズは向き合いながら表現しているようにも思います。
ポケモンが想定している「空想が心を豊かにすることで世界は広がっていくこと」と筆者の解釈は異なっているかもしれませんが、ポケモンという物語に触れることでポケモンの舞台に選ばれた場所やポケモンの元になった動植物のような今まで何とも思わなかったものに思いを馳せられるようになったら、現実世界の見え方が変わって見える世界は広がったと言えるかもしれませんね。

SVにおけるテラスタルが象徴している「なりたい自分になること」は「空想を実現すること」でもあるかもしれません。だからこそポケモンSVはポケモンが空想の存在であることや、時に空想が人を閉じ込めるほどの危険な力も持つことや、それを乗り越えて世界を豊かにすることを実現するのもまた空想の力だということを描いている、なんて妄想するのも面白いと筆者は思います。

そしてポケモンに限らずこれからもたくさんの物語が世界を書き換えていくのでしょう。この世界に生きる我々が想像の世界へと羽ばたいていく限り世界は変容していくのだと思います。筆者はそんな物語に対する畏怖の念を抱きつつ新たな物語によって世界が書き変わっていくことを楽しみにしようと思います。

……ところで「裂かれた地図書」はグロテスクな描写も多く難解な作品であり、筆者は前向きな解釈ができましたが万人に理解し易い作品とは言えませんので、個人的にはポケモンSVの物語により思いを馳せるために他の作品を知りたいとなった場合、ここでは詳しい理由は述べませんがゼノブレイド2を遊ぶのをお勧めします。Switchならゼノブレイドシリーズはナンバリング作品全て遊べますよ!

それでは最後まで筆者の妄想に付き合ってくださりありがとうございました!


いつかパラドックスポケモン達もみんな仲良く暮らせる世界が実現することを信じて。


余談
最後に「失われたものたちの本」という作品は「作中で起こった出来事を主人公が小説として執筆したものが今あなたが手にしている本なのです」というループ構造になっており、このループ構造はポケモンSVにも見ることができます。まず我々がSVを遊ぶためにはゲームを買わなければいけませんがSVのパッケージこそスカーレット/バイオレットブックです。作中でブックはキーアイテムとして登場しますが、一連のシナリオをDLCも含めて全て経ると最終的に「博士が愛したブック」がプレイヤーの手に渡ることになります。ポケモンは終わることなく続いていく物語ですが、この演出は1冊の本によって導かれた一連のシナリオの区切りとしてふさわしいもののように筆者は思います。


◆参考文献


ここでポケモン関連の参考文献を紹介させてください!

  • パラドックスポケモンの正体に迫る!


  • 夢と希望のテラスタル〜パラドックスポケモンの正体に迫る〜 2:27:35~

まずパラドックスポケモン周りの解釈を固める上で永夜 藤月さんのプレゼンを参考にさせていただきました!……というかほぼプレゼンの説を引用しており恐縮です。リモポケラジオ#51の補足説明も大変興味深いものだったので気になった方は是非プレゼンをご覧ください!


  • 神話のポケモンとは何なのか

そして空想には人を閉じ込めるだけではなく世界を広げる力を持つという解釈を固める上でたわしさんのプレゼンも参考にさせていただきました!今回はシンオウ神話周りの話もするとややこしくなりそうだったので割愛していますが「心があるから世界を認識できる」というポケモンシリーズの根底に流れる哲学のようなものについては個人的にもっと上手く言語化できたらなあ……と思いましたのでいずれまた考察に再挑戦しようと思います!

という訳でリモートポケモン学会はとても素晴らしいコンテンツですのでポケモンの世界を深掘りしてみたい!なんて方は是非学会の扉を開けてこの世界に飛び込んでみてくださいね〜!きっと見える世界が広がると思いますよ!

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