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ソースがないのにお好み焼きが食えるか

「今日お好み焼き作るって言ってたけど、ソース無いよ」
 
同居人氏と同居し始めて一か月。
仕事から帰宅するなり飛んできた言葉が理解できず、一旦持ち帰り頭の中で復唱した。
復唱したら、もっと理解できなくなった。

え?なんて?
 

いやいや待てよ。落ち着いて考えてみよう。

今日の晩ご飯はお好み焼きである。
そして、ご飯担当の同居人氏は埼玉出身。兵庫に住み始めて1か月。
お好み焼きの作り方がイマイチ解らない為、珍しく私が作ることになっていた。

おかげで朝からずっとソース気分。なのに、無い?
良くないタイプのギャグだろうか。
 
「えっと。お好みソースが無いってこと?」
「無いよ。ウスターじゃダメなの? あ~でもウスターもないか」


じゃあケチャップで良くない?


この一言に足から崩れ落ちそうな衝撃。
もう少しで玄関先で転げまわって暴れるところであった。

「お好みソースが無けりゃ唯の“焼き”やろ……」
大人なのでこれだけ言うに留めた。えらい。すごく大人。
若い頃だったらそのまま無言で家出していた。
探さないでください。

しかし、ソースが無い。
やはり受け入れられない。
お好み焼きをソースを食べるための台だと思うレベルなのだ。
朝からソースを所望している脳と舌と胃が納得するはずもない。

東と西ではこれほど隔たりがあるものか。
関ケ原の境界は埋められないのか。
一気に脳内で思考が駆け巡ったわけだが、これ以上問答していても建設的ではない。

そう思い直し『ちょっと行ってくる』の一言だけを残して外へ飛び出した。

家から徒歩すぐにコンビニがある。きっとソースもあるはずだ。
もし置いてなければ、店長に人の心が無い。
それぐらいバキバキに尖った思考のまま店へと向かう。
決して走らず 急いで歩いていって そして早くソースを手に入れなければ。

勿論ソースは鎮座していた。むしろ何種類もあった。
サンキュー店長。今後も贔屓にしよう。


即会計をし、勢いのまま帰宅。
ソースを買って戻ってくるまで、10分も掛からなかっただろう。

「そんな素早く動けるのか……」
「ソースが!ないとか!無理!」
 
それだけ言うとさっさと着替えて手を洗い、ホットプレートを準備してから調理を始める。
生地を作ったら水分が出る前に焼くのが大事だからだ。
 
大阪人の母から教わったお好み焼きには、粉に水、卵、出汁、天かすを加えたものに千切りならぬ百切りのきゃべつ。更に山芋のすりおろしが入る。

 
油の匂いが立ち込めた熱いプレートに生地を落して焼いていき、頃合いを見て豚バラを乗せてひっくり返して蒸し焼きに。
5分ほど待ち、蓋を取って再びひっくり返したらまた待つ。
ふんわり仕上げるために、ヘラで押さえつけるのは絶対に禁止だ。
 
焼きあがったら火を落し、ソースをバーーッと掛ける。
垂れた艶っぽい茶色が落ち、ジュワッと香ばしい匂いが立ち込める。
これを嗅いだらもう「ケチャップで」なんて言えないはずだ。
 
「どうよ」
「……ソース必要だわ」
 
そうだろう、そうだろう。
私はソースを食べるためにお好み焼きを焼くと言っても過言ではない。
勿論、お好み焼きが美味しい方がソースの煌めきは増すのだけれど。
 
さて。ここからはご自由にとお好み焼きを半分に分ける。
件の同居人は自分の分にかつお節と青のりを振り、格子状に切り分け始めたので『そこは関西風かい』と突っ込んでしまった。
 
ヘラを受け取りこちらも同じように切り分けて自分の陣地へ。
白い皿とお好み焼きとのコントラストに心が躍る。
お好みでマヨネーズ。

それではいただきます。

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