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不確定日記(不確定日記を売る準備)

 マンションのゴミ置き場に立派な仏壇が捨てられており、私の部屋のドアを閉めて外に向かう時にそれは必ず私の真正面にあったので、出入りのたびにハッとしていたが数日経つと直射日光に照らされる仏壇(空)はむしろ平和な感じもした。周りには他に、二層式の洗濯機、70年代風の合板の食器棚、最近の型の掃除機が捨てられていた。初夏というよりはもう夏と梅雨が混ざり合ったような天気で、仏壇は時折濡れていた。

 冊子は当初、溜まっていた掌編小説をまとめたものだけを作るつもりだったのだが、ここで書いている日記を紙に刷るのもいいな、と思い始め、2冊作ることにした。同人誌を作るのは慣れているほうだし、原稿はありものだからいけるだろう、と軽く考えていた。しかし、できた原稿をページに一枚ずつ置いていけばいい漫画やイラストと違って、文字は組まねばならないのだった。そしてわたしはデザイナーの頃から明確に文字組が苦手だ。ひと通りやってはそれが全部を台無しにしている何かに気づく、という工程を三日三晩ほど繰り返した。ページ数が多いと印刷代が高くなる、という当たり前のこと。入稿直前に、ずっと原稿を四六版で作っていたが、印刷所のプランにはB6版しかないことに気づいて慌てた(天地が6mm違う)。

 本を作るのに比べて、売るための準備は楽しい。POPを考えたり、値札を作ったり、当日のブースに敷く布を準備し、お釣りをいくら持って行くか考える。家の食卓に全部並べて見栄えを考えすらした。スマホに入れる簡易レジアプリを入手したが、私の普段使っているのにインストールすると、私が売り場にいないと使えないので、古いiphoneを使ったらいいかもしれない、と探し出したら電池が膨らんで本体がばっくり割れていた。そういえばそんな話題あったな、と懐かしく思う。古いデジカメやスマホで撮った荒い画像に若者はノスタルジーを感じるらしい、と聞いていたが、ハードの方が劣化していてそれどころではなかった。

 文学フリマの前日、もうすることがなかった。
ベランダで伸びすぎているパクチーを全部刈り取り、実を摘んで塩漬けにする。プランターをまっさらに戻し、いつも倒れてくるアロエを大きい鉢に植え替え、ついでなので、カレーリーフと山椒も一回り大きな鉢にした。土仕事はいい、というのはこういうことか、と少しわかった気になった。肉体労働をした事実に期待をかけたが、夜はあまり眠れなかった。

 文学フリマ当日の5月19日、ゴミ置き場に仏壇はもうなかった。

つづく

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