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不確定旅日記03

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二日目も雨。
この日は、地獄寺に行く。

普段東京で間借りしている作業場の主であるイラストレーターのKさんは身軽に旅行に行く人で、ひどい花粉症持ちである彼女は今年の春先に花粉を避けるためにひと月近くタイに行っていた。Instagramで見かけるタイでのKさんは花粉症のかわりにひどい風邪をひきながら、なんだかグニャリとした鬼に尻を槍で突かれている人の像と一緒に刺のはえた木を登っていた。書いていてもちょっとよくわからないが本当である。戻ってきたKさんに聞くと、あれは地獄の恐ろしさを説いている寺で、アジア各地にあると言う。地獄寺を愛するKさんが「台湾にもあるから一つくらいは行くべきなんじゃないですか」と当然のようにいうので、そういうものかもな、と、旅の目的が無い私は「台湾 地獄寺」で検索した。

地獄寺に行きませんか、という闇雲な誘いに三人が乗ってくれて、私と同室のシナリオライターAさん、デザイナーのMさん、諸々捕まえて食べたりするライターTさんの四人は道中、「地獄組」と呼ばれた。
他の人たちは、写真館へバッチリメイクをして背景も作り込み別人のようなポートレートを撮りに行ったり、登山のために移動したりするようだった。

「地獄寺」はジャンル名なのでそれぞれの寺院には固有の名前がある。私たちが目指したのは金剛宮という名前だが、地獄、という言葉がキャッチーで、ずっと地獄とばかり呼んでいたので以下でもそう呼ぶ。

地獄は台北のホテルから電車とバスを乗り継いで二時間ほど離れた台湾の北海岸沿いにある。淡水駅までは電車で一本なのでわかりやすいが、バスはネットで調べたところ、一時間に一本の観光用マイクロバスが良さそうだった。朝食のルーロー飯やら肉まんを台北でのんびり食べすぎた我々には乗り継ぎの時間がなく、しかしきちんと駅でトイレに行ってから走った。インターネットには大抵の場所の情報が載っているが、知らない場所のことは行ってみるまで不安ではある。本当にいるのだろうか、と危惧していたマイクロバスは果たしてそこに留まっていた。しかし走り込む我々を運転手は鋭く制する。わ、何か間違いを犯しましたでしょうか、と怯えたが、よく聞くと、おそらく「本当にこのバスに乗って行きたい場所に行けるのか?目的地はどこ?」と聞いてくれていた。親切だ。スマートフォンに入れていた降りる停留所名を見せると納得して乗せてくれた。

淡水は海辺の観光地で賑やかだが、バスは郊外に向かう。私たちの他に台湾人の若者のグループが乗っていて楽しそうに笑っていた。雨足は強く、ひと気の無くなってゆく景色は灰色の道と主に草原で、ガンガンにスピードを出して知らない場所へ向かうマイクロバスに乗っているという状況がものすごく不安、と言い合うのが楽しい。地図アプリで現在位置を確認していると、バスのルートが予定と違う。あわや地獄では無いところに着いてしまうか、と思われたが、どうやらなにかの記念館のような建物を案内するために寄り道したようだった。入り口で女性が手を振っていた。やはり親切だ。

「あれマコモダケですよ」とTさんが言う。窓の外の、草はらに見えるのが畑だという。尖った長くて太い葉がザクザク生えている。確かに全部同じ種類の植物だ。AさんとMさんはマコモダケを知らないので、そもそもピンときていない。Mさんが何度か「じゃああれもマコモ?」と差すたびに「あれは雑草です」とTさんに返され、爆笑する、という遊びが発生し、この先旅の間中どころか帰国してからもしばらく、地獄組内マコモダケブームが訪れることになった。

地獄最寄りのバス停にはちゃんと着いた。
降りると雨に加え海風が強い。停留所の向かいにちょっと海に突き出たテラスがあり、結婚式の写真を撮る場所のようだった。晴れていれば海をバックに白い施設がはえるのだろうが、海は台風中継でしか見たことないほどの荒れぶりだ。これ、荒れた海を気軽に見に行って波にさらわれて死ぬやつだ、と思うが、Tさんがじわじわ海に近寄っていくのでそれを写真に撮る。
ここまでの雨が降ると思っていなかったし南国気分だったので薄い上着しか持ってきておらず、地獄に着く前に全身がびしょ濡れだった。

(続く)

そんな奇特な