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リリカル・スペリオリティ! #26「決戦」

※前回までのお話はこちら



第26話 決戦

1.

 次は美術の授業か…。
 昨日、鈴木佳奈に「あと1回休んだら成績が出ない」と忠告され、休むことができなくなった。
 ここで休むと、返って怪しまれる危険性がある。しかし、嫌な予感はした。

 なので、昨日の夜、サタンには念のため言っておいた。「明日は学校を休んで、上野桜丘高校に来い」、と。サタンは不思議そうな顔をしていた。
「11時半くらいに学校に来て、『アメリカにいる伯母が危篤だから妹を迎えに来た』とでも事務員に言っておけ。もし私に何かあって、12時までにお前の元に戻らなければ、帰れ」
「家に?」
「本部に」
「どういうことですか!?」
「明日、チェイサーとやりあうかもしれない」
「え!?チェイサーって、あの美術教師ですか?」
 サタンは何がなんだかわからない、という風にあたふたしていた。
「ああ。なんとなくだが、そんな気がする」
「そんな…。それなら、今すぐ二人で戻りましょうよ!」
 サタンはあわてて本部に連絡をとろうとした。リリカは、サタンの震えるサタンの手を掴んだ。
「本当はそうしたいが、まだ任務の途中だ。成果はほとんど出ていない。もし空振りだった場合は、まだ潜入しておきたいしな」
 サタンは、しぶしぶ了承した。
 頼む。私の考えすぎであってくれ。

 美術室に入ると、いつもと同じように、自分が先週まで描いていた画用紙をとった。
 リリカが席に着くと、隣の今井桜が青い顔をして英単語帳を開いていた。
「桜ちゃん、大丈夫?」
 今井桜の手は、小刻みに震えていた。
「あ…。リリカちゃん。うん、大丈夫」
 今井桜は、無理矢理笑った。

 チャイムが鳴って、鈴木佳奈が入ってきた。
「授業始めまーす。出席取りますよ~」
 いつものように始まる授業。ただ、生徒達のほとんどはぼんやりとしていた。隣の人とこっそり話したり、絵の進み具合を確認しあう、なんてことはしなくなった。
「今週は全員出席!よかったです。それではまたいつもの通り解散して、先週に引き続き、各自絵を進めてください。水分補給を忘れずにねー!」
 万が一のことがあったら、桜の木を使うことになる。そしたら、桜の絵を描いている園子にも、自分の正体がバレてしまうのか…。
 園子はぼんやりとしながら、画用紙と絵の具セットを持って外へと向かった。
 まあ、この調子だと、私の正体なんて興味ないかもな。
 リリカも画用紙と絵の具を持って園子を追った。
 ドアに手を掛けたとき、強い力で肩を捕まれた。
「佐藤さん。ちょっとお話があるんだけど、残ってくれるかな」
 後ろを振り向くと、鈴木佳奈が立っていた。白衣のポケットが、不自然に膨らんでいる。
「…わかりました」
 ゾロゾロと生徒が美術室を後にしていく中、リリカと鈴木佳奈、二人だけが美術室に残された。
 外は、雲1つない青空だ。


 生徒が全員外に出たのを確認すると、鈴木佳奈が言った。
「佐藤さん、最近どう?急に疲れたり、逆に何かに急き立てられたり、してない?」
「…特にそんなことは、無いですけど…」
 鈴木佳奈はドア側に立ち、リリカの逃走ルートを塞いだ。
「そう。でも、渡辺さんは?最近ちょっと、ぼーっとしてるように見える」
 鈴木佳奈はクラス名簿を持ち、それに目を落としている。
「そうですね。…何ですか?健康診断ですか?」
 鈴木佳奈の意図が見えない。鈴木佳奈は顔を上げた。
「…じゃあ、単刀直入に聞くわね。渡辺さんが倒れたり、そのあとぼんやりしてしまっているのは、あなたのせいなんじゃない?」
「…どういうことですか」
 どこまでシラを切れるか。私たちがやったという証拠は、無いはずだ。
「ここだと、生徒が道具を取りに戻ってくる可能性があるから、1年C組の教室に移動しましょう」
 鈴木佳奈の左袖口から、銃口が覗いている。

2.

 佐藤リリカは、華蓮の言う通り、大人しく1年C組への移動に応じた。例えデビルズ相手でも生徒を脅すなんて、間違っている。だけど、一気に落とすしかない。
 1年C組の教室に入ると、華蓮は鍵を閉めた。
「手を挙げて、膝をついて。私が良いと言うまで、動いちゃダメ」
 佐藤リリカに銃口を向けた。もちろん脅し用で、実弾は入っていない。これでは、どっちが犯罪者かわからない。
 佐藤リリカは、教室の中央で膝をつき、手を挙げた。華蓮は佐藤リリカに銃口を向けたまま、もう1つのドアを閉め、窓にも鍵がかかっていることを確認した。
 佐藤リリカに抵抗の意思はなさそうだ。しかし、驚いたり、怖がったりしている様子も無い。
 窓から銃を突きつけている姿を見られると危ないので、銃口を下ろした。
「あなた、戸籍を買ったでしょう」
「…」
 佐藤リリカは答えない。
「貴方の双子の兄、ということになっている、佐藤サトル。それから、佐藤リリカ。あなたたちの名前、どこかで聞いたことあるなぁって思ってたんだけど、戸籍ブローカーの所持していたリストに載っていたのよ」

 1年前、まだ華蓮が茅場交番に勤めていた頃、偶然USBを拾った女子中学生がいた。そのUSBは、当時世間を騒がせていた大型詐欺グループに、個人情報を売っていたブローカーの物だった。
 事件当時、そのブローカーは個人情報のブローカーと思われていたが、捜査が進むうちに彼は戸籍情報も売買していた、と発覚。詐欺事件の首謀者は逮捕されたブローカーの仲間の力を借り、何度も戸籍を変えて、事件から1年近く逃げ回っていたのだ。
 佐藤リリカたちは、このブローカーから1年以上前に戸籍情報を買っていた。しかし、私たち警察は当時、それを戸籍情報とは認識していなかった。

「戸籍を買ったとしても、それ自体は犯罪ではないでしょう?」
 佐藤リリカは冷静に反論した。
「ええ。でも、それを元に公の身分証明書を作ることは、違法よ。あなたたち、この高校に入学するのに身分証を作ってるよね?」
「…」
 おそらく、図星だ。でも、これだけでは、ただ単に不正に公的な身分証を作った人、というだけだ。
 思い切って切り込む。
「あなた、デビルズなんじゃない?」
「…え、何ですかそれ」
 佐藤リリカは本当に何も知らない、という顔をしている。
「じゃあ言うけど、あなたたちは、『人の欲望』を集めに来た、『デビルズ』という組織の、悪魔なんじゃない?違う?」
 これでどうだ!
「…ハッハッハッハ」
 佐藤リリカは、挙げていた手を口元に当てて、笑い出した。
「さすがにこれ以上はシラを切るのは厳しそうだな」
 佐藤リリカの顔に満面の笑みが広がった。
「でも、『デビルズ』じゃないな。何それ、ダサすぎ」
 あー。上層部のみなさん、悪魔から、命名センスダサすぎって言われてますよ-。
「ダサい名前で呼ばれているのも心外だから、教えてあげる。私たちは、『アクマズ』よ♡」
 佐藤リリカがウィンクした。
 いや、『アクマズ』もダセェ~!!!
 華蓮が呆れていた隙に、佐藤リリカは自席にかかっていたリュックを背負った。焦げ茶色で、悪魔の羽が生えたリュック。
 しまった!
「背負っている物を下ろしなさい!」
 拳銃を再び佐藤リリカに向けようとした時、左足に激痛が走った。
「…っ!!!!」
 華蓮はその場に思わずしゃがみこんだ。
 左足のストッキングが所々破れ、血がにじんでいる。

「鈴木先生、ダメだよ、そんな物騒なもの学校に持ってきちゃ。いくら警察官だったとしてもねぇ。…そうでしょ、岸谷華蓮さん?」
 佐藤リリカがゆっくり近づいてくる。手には、おもちゃの拳銃のようなものが握られていた。さっき何気なく背負ったリュックの中に入れてあったのだろう。
 おもちゃの銃口は、華蓮の目と鼻の先だ。
「私の本当の名前、知ってるのね」
「園子がね、前に警察官のあなたに会ったことがあるって言ってたの。園子が言うまで、私はあなたが『チェイサー』だって気付かなかったけど」
 チェイサー。彼らの間では、私たちをそう呼んでいるのか。
「先に言っておいてあげる。この銃で打たれたからと言って、あなたは死にはしない。だって、大事な人間だもん。私たちが探す、『欲』を生み出してくれる、大切なエネルギー源」
「…あなたたちは、どうして人間の欲を集めているの?」
 華蓮は立ち上がることができない。
「さぁ、何ででしょー」
 佐藤リリカに答える気はなさそうだ。
「私は、あなたと、渡辺園子の関係を見て、すごく人間ぽいなって思っていたけど。人間の友達だと思って見ていたけど」
「…」
 佐藤リリカは銃口を向けたまま、答えない。
「渡辺さんをあんな風にして、心が痛まないの?」
 佐藤リリカの顔がゆがんだ。
 今だ!
 華蓮は痛む左足をなんとか軸にして、思い切り右足を振り上げた。佐藤リリカの右手にヒットし、おもちゃのような銃が教壇の方に飛んだ。履いていたヒールも教室のドアの方に吹き飛ぶ。
 華蓮は急いで教室の前方に走り、佐藤リリカが持っていた銃を回収した。もういい、左足のヒールも邪魔だ。苦し紛れに、左足のヒールを佐藤リリカに投げつける。

 次に何の武器を持っているかわからない。華蓮は教壇に隠れ、急いで胸ポケットに入っている実弾を銃に込めようとした。
「無駄だよ」
 さっき思い切りヒールを投げつけたのに、佐藤リリカにはケガ1つ無い。
 佐藤リリカは、ゆっくり教壇の方に近づいてくる。リュックについた羽が揺れて、本当の悪魔みたいだ。
「私は、確かに今、人間の女の子になってる。普通に生理も来る。でも、4つだけ違うの。『誕生』、『記憶』、『戦闘能力』、『死』。私たちは人工的に身体が作られる。記憶は、元の姿の時からあるものを引き継ぐ。私たちは、人間が作り出した武器および人間の力程度ではケガはしない。私たちは、死なない」
 佐藤リリカはにっこり笑うと、教壇に両肘をつき、両手を顔に添えた。
 こちらが拳銃に実弾を入れようと、知ったこっちゃ無いってことか。
「さっきの質問に答えて。…あなたたちは、どうして人間の欲を集めているの?」
 額から、汗がしたたり落ちた。
「私に答える義務はあるのかな?」
 佐藤リリカは涼しげに、挑戦的な笑みを浮かべている。
「…この私の左足のケガは、立派な公務執行妨害よ。それから、傷害罪」
 余裕の笑みを浮かべていた佐藤リリカの顔が真顔に戻った。
「…それが狙いだったの?」
「あなたを連行すれば、佐藤サトルも来るはめになる」
「…」

 長い沈黙が流れた。時計は、11時45分を指している。
「…あなたたちは、どうして人間の欲を集めているの?」
 もう一度聞いてみる。たとえ、もし佐藤リリカたちに逃げられたとしても、情報だけは得なければならない。
「…人間の欲は、私たちのエネルギー源だから」
「エネルギー?石油とか、そういうエネルギーと同等ってこと…?」
「そんなところだな。人間の、『他の人より優れたい』という欲の力は、すごいぞ」
 佐藤リリカは教壇から起き上がり、一番前にあった生徒の机に腰掛けた。
「…悪魔たちの世界を維持するのに、人間の欲を集め、使い切ったらまたこうして集めに来る…そういうこと?」
「だったら何?」
 佐藤リリカは腕と足を組んだ。黒板横の時計を、さっきからチラチラ伺っている。
 時間を気にしてる…?
「あなたたちの目的のために、人間の欲を一気に肥大化させたり、逆にその反動で虚脱状態にさせたり…こっちの都合は考えないの?」
「知るかそんなの。それに、お前らにとって『欲』なんか無い方がいいじゃないか?」
 佐藤リリカが吐き捨てるように言った。
 華蓮の顔に流れてきた汗が、左足のストッキングに落ちた。
「どういうこと?」
「金が人よりあるだとか、外見が人より良いだとか、他の人より自分は人気があるだとか。お前らはいつも他人と比べている。だから、痩せているのにダイエットしたり、自分の価値を確かめたくて投票結果にすがろうとする。数十年前から『多様性』なんて言ってるけど、全然変わってないじゃないのか?『自分は自分らしく』なんて、所詮負けた奴の負け惜しみなんだよ。お前らは結局、人と自分を比べることでしか、自分の価値を見いだせないんだよ」
 佐藤リリカの顔は険しい。

「鈴木先生!!佐藤さん!!開けてくれ!」
 教室のドアを激しく叩く音が聞えた。
 誰だろう。
「山田透…??」
 佐藤リリカが呟いた。
 銃と実弾を慌てて白衣のポケットに閉まった。佐藤リリカは無傷だが、華蓮はボロボロだった。
 佐藤リリカが鍵を開けようとしたので、手首を掴んだ。
「私が開ける。あなたは、大人しくしてて」
 ドアを開けると、男子生徒が焦った顔で立っていた。
「今井さん、今井桜さんが、屋上にいて…。屋上から、飛び降りようとしてる…!」
 …!!
「桜ちゃんがか?」
 佐藤リリカはずいっと山田透に寄った。
 山田透はキョトン、とした。
「佐藤、お前、そんな口調だったっけ…?」
「…」
「先生も、どうしたんですかそのケガ…。っていうか、なんで鍵締めてたんですか…?」
 山田透のツッコミは当然である。
「今はそんなことより、今井さんよ。屋上に行きましょう」
 佐藤リリカは動こうとしない。
「佐藤さん、あなたも行くの!」
 華蓮は佐藤リリカの手を強引に引っ張り、今井桜がいる屋上へと駆けだした。

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