マガジンのカバー画像

ショート・ショート

6
宮岡志衣のショートショート。短編小説。メモ書きの夢。
運営しているクリエイター

記事一覧

月の泉

月の泉

〇朗読や絵などに活用してくださいませ。
あらすじ
『私(アオイ)』には幼なじみの『桂樹(ケイジュ)兄ちゃん』がいる。
私たちは、暇さえあれば自転車に乗って、家からほど離れた場所にあるダムへ遊びに行き、その美しいエメラルドの鏡面にうっそりとして過ごしていたのだが…
時が経つにつれて兄ちゃんと疎遠になる
──思い出の場所に帰ってきた私。
決して交わることのない二人の話。

許可不要ですが、『 #月の泉

もっとみる
東京湾の人魚

東京湾の人魚

大して仲良くもない友達と遊ぶ約束を立てたお陰で、物凄い憂鬱になってしまった……遠いし。物理的な距離も心理的な距離も遠いのよ。
久々にFacebookなんか開くからこうなったんだわ。小学校の同級生って言ったってあんま覚えてないし、母校は廃校したし。

…で、明日 東京湾で待ち合わせだって。

いや、東京湾って日本地図で見りゃあ小さいけど、待ち合わせ場所に指定するにはデカすぎるでしょう。感性が違いす

もっとみる
排水溝の夜

排水溝の夜

ちきゅうの栓が抜けて、ずるずる水が吸い込まれてくるような夜だね

音を立てながらどこかへ消えていく浴槽の中を覗き込んで、ぼくは小さな穴を見つめる
水が抜けきる手前の瞬間は一層音が響くのだ
溺れてしまいそうにボコボコと空気を噴き出して、穴がこちらを見つめ返してくる

排水溝のもっともっと沈んだ先の暗い夜に、ぼくらは居た。さいしょからずぅっと。

月はもう光すら見えない。見てくれない。

花でなくとも、ゐとオシイ

花でなくとも、ゐとオシイ

重ったるい空気が体の表面を撫で、肺にぬるりと入り込む。
太陽に焼けたアスファルトは夜に取り残されて、てんで爽やかとは掛け離れた焦げ付く匂いを薄明かりに持ち越すのだ。

道路脇に咲く百日紅は暑さに負けて、紅い花はすっかり醜く灰色に項垂れていた。

心がこうも靄に掛かったように燻るのは、如何したものか。
情景が蘇るのだ。生ぬるい風に当てられた昔むかしのことを。

当時私はまだ高校生で。
そして彼女もま

もっとみる
ショート・棺パイ・ショート

ショート・棺パイ・ショート

『トラウマってさ、自分の意思では消せない記憶でしょ。』

──────────

5月の夜は風が心地よく吹いていた。

ようやく仕事を終えた23時、上司と共に駅に向かう。
朝は土砂降りだったのに、すっかり雨はやみ、役目のなくなったビニール傘をふらふらと揺らしながら、私は少し前を歩く上司を見ていた。

また、変な咳をしている。

仕事中もやたらと咳き込んでいて、しかし普段から病弱そうな顔をしているだ

もっとみる
ショート・ネコ・ショート

ショート・ネコ・ショート

令和六十一年。日本では何度目かのペットブームが人知れず去り、春の終わりに盛るネコたちの押し付け合いが横行していた。
古く遡れば、人の子も同じ憂き目にあっては『間引き』のように捨てられることもしばしばあったそうだが、最早人間より機械で溢れた現代社会では、いっその事その頃の子らが降って来れば良いのにと政治家が冗談を言う程である。

しかし、そんな戯言さえアッという間に水に流されてしまう。
なぜなら世界

もっとみる