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ママだからと区別されると怒るくせに、困った時はママであることを言い訳にする

私のことです。

ずっとこの矛盾した気持ちがあって、嫌で嫌で、でも抜け出せずズルズルとしている。
ママから脱したいのに、ママに縛られている。

例えば。
子どもいるから無理だと思って…と飲み会に誘われないと、ひどーい!と怒るのに、夜間の業務は、すみません子どもがいるんで…と断る。

よくある。
ママであることを、つい後盾にしてしまう。

ママ友はもちろん、同僚も友人も、noteの記事だって、自分個人より子どもの話をすることのほうが多いし、もはや個人で勝負することが不可能なのかもしれない。

でもそれって、こうして書いてみると非常にカッコ悪い。子どもがグングン大きくなっている今、私も緩やかに自分の人生に重心をかけ、伸びていきたい。

子どもの人生の道に立ち、走り行く我が子に声をあげて応援するママではない。

自分も選手としてバリバリに走り、じゃーお互い頑張ろうぜ!無理すんなよ!と声を掛けて合うランナーでありたい。

子どもに合わせて生きることが、子どもにとってベストではないことを、私は実体験として知っている。母は優しく何でもやらせてくれたが、ザ・自己犠牲の人だった。

同窓会以外でひとりで出かけて行くのを見たこともないし、毎日家族の好物だけを作り続けていた。

なにより悲しかったのは、母の意に反して好きな学校を受験すると決めたとき、留学をしたとき、総合職で就職したとき、昇進したとき、喜んでもらえなかったこと。ただ、憮然とした顔をして黙っていた。担任や父に食ってかかったこともある。

彼女は私の人生に何かを描いて、期待していた。それが心底嫌だった。

母には感謝しているが、どうしてもそうはなりたくない。自分の好きなこと、やりたいことを諦めない。子どもにやるべきことを強制しない。

ただ、自分が誇りを持って働き、楽しんで生きる姿を見せることが大切だと思っている。

そうなると、ママもパパもない。
脱ママ。令和の親として、そうありたい。

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#日記 #令和

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