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「お金のマニュアル」 -損をしないコツ- 其ノ13 株式編③

 <大きなお金を背景に>

(参考例)金融機関が取り組む株の裁定取引  もう一つ、実務上の経験から株の裁定取引について話をしてみよう。銀行や証券会社、特に大手の金融機関(多くは外資系金融機関)は、その豊富な資金調達力を背景に市場の価格の歪みを利用して株を買い付け、価格下落リスクは先物を売り立ててヘッジしながら利鞘を稼ぎ、一定期間大量の株を保有する取引を手掛ける事がある。これを株の裁定取引(英語ではArbitrage、アービトラージ)と呼ぶ。

 筆者のいた銀行でも、1990年代後半に本店の株式部門から「数千億円資金を融通して欲しい」と依頼された事があった。当時日本銀行はゼロ金利政策を行っており、円資金の調達はそれほど困難ではなかったのでこの依頼を承諾して円資金を貸し付けた。彼らはその資金で大量に日本株を買い付け、利鞘に加え後述の株の賃借料も併せて随分儲かったそうだ。

 後に知った事だが、他行も同様の取引を手掛けており日本株における裁定取引全体の金額は数兆円に及んでいたらしい。これだけの金額の株を一気に買い占めれば株価は下値を切り上げて上昇し、更に市場では株式売買のために賃借料を払って株を借りるプレーヤーがいるが、このような買い占め状態だと株の「借入料」も上昇し、当該金融機関に莫大な利益をもたらした

 
 <ゼロ金利解除の衝撃>

 この大量の株裁定取引は外資系金融機関を中心にゼロ金利政策下しばらく続いたが、良い時間はそんなに長く続かない。終わりは突然やってきた。

 「6月までに日経平均は17,000円割ると思いますよ」。ある記者さんと賭けをした。2000年3月には20,000円近くで推移しており3か月でまさか、と思われたのだろう。結局6月には日経平均が16,000円付近まで下げ、賭けは私の勝ち。しきりに不思議がるその記者さんに夕食を奢ってもらった。

 この「予言」にはタネがあった。当時日銀は利上げを目指しており、実際に2000年8月に日銀は「利上げ」、いわゆる「ゼロ金利解除」に踏み切った。その前に既に市場の円金利は上昇基調を辿り、株式部門に提示する円の貸出金利が上昇。結局3月時点で彼らは裁定取引の継続を断念していた。つまり筆者からは大量の株式売却は既に見えていたのである。この辺の裏事情を当時の日銀の担当者に説明したところ、一様に驚いた様子だった。株式市場に「利上げ」がそこまでの影響するとは予想していなかったようだった。

 結論から言うと「ゼロ金利解除」後、外資系から数兆円もの「株売り」が一斉に出て、「裁定取引」で吊上がった株価が一気に下落したのである。

 <市場に渦巻く大きな「お金」のうねり>

 ↑ 株式の裁定取引解消については数行の外資系金融機関とその直接の関係者しか知る立場になかったので、プロの株トレーダー内でもあまり認知されていなかった。またその市場に及ぼすマグニチュードについては、その事実を知っていた関係者でさえ正確に予測するのは難しかったと思う。

 銀行の円資金担当者は市場の状況や銀行の資金繰状況について日銀の担当者とほぼ毎日情報交換を行っている。銀行の「資金繰り」と言うのはいわゆる ”機微情報” であり、みだりに情報が外に漏れるものではない。一部の関係者以外これらの情報を把握するのは極めて難しい。

 ただ、これらの大きな「お金」の動きが市場動向の鍵を握るのは間違いない。だからプロも一般投資家も市場でリスクを取る者はその「見えざる手」の存在を常に頭の片隅に入れておく必要がある。

 思えば過去の金融パニックは、ブラックマンデーにしてもリーマンショックにしてもそのほとんどが銀行の「資金繰り」問題が引き金。ただ現在では銀行に対する「流動性規制」が日米欧で究極まで強化されているため、おそらく同じ理由で株価の暴落などは起きないと個人的には思っている。

 いずれにしろ、こういった「見えざる手」は存在するので、皆さんもそこまでのストレスを感じて投資をやる決意があるのか、自問してみて欲しい。

其ノ14からは「保険」について。

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