チリ_ペソ

「ドルの支配」から「デジタル人民元」へ? - 今度はチリでデモが過激化。中南米を襲う通貨安とインフレ。

 このところ巷に「デジタル人民元」の話題が随分と増えてきたように感じる。ここで最近の南米の経済情勢と絡め、中国とアメリカの「覇権争い」について一考察を加えてみたい。

 デモと言えば香港や韓国などアジアに目が向いていたが、今度はチリでデモが暴徒化。きっかけは10月18日に実施されたたった+4円の地下鉄運賃の値上げだったらしい。中南米では通貨安による急激なインフレに見舞われている国々が多く、反米の急先鋒だったベネズエラは既に実質破綻アルゼンチンは部分的デフォルト(債務不履行)、そしてチリに飛び火した格好だ。

 チリ・ペソは対ドルの最安値を突破しており、1年間で23%もの通貨安に見舞われている( ↑ 標題チリ・ペソの対ドル為替チャートご参照)。ドル円に例えれば108円から133円に円安が進んだ勘定だ。アルゼンチン・ペソトルコ・リラはもっと酷い状況で通貨価値が半分以下になっている。↓ 

アルゼンチン・ペソ 5年

トルコ・リラ 5年

 ここでインフレと共に問題となるのが「ドルの支配」。これらの国々はドル建の債務が多く、ひとたび通貨安に見舞われればデフォルト一直線である。ベネズエラと言えば反米の急先鋒だったチャベス大統領が有名で、豊富な原油資産を盾に突っ張ったが、結局「ドルの支配」により血祭りにされた。最近クルド人やシリアの件で米国の強い干渉を受けたトルコも同様だ。

 ここで面白い役割を果たしそうなのがデジタル通貨の動向である。↓ の表はビットコインの国別取引量のランキング(2019年4月時点)だが、中南米の国々やトルコなどが割と高い順位に位置している。ベネズエラ(4位)、チリ(32位)、トルコ(33位)、アルゼンチン(34位)。マウントゴックス事件などをきっかけに順位を大きく下げた日本(44位)を軒並み上回る。

ビットコイン国別取引量 Apr19

 ナイジェリア(7位)、南アフリカ(10位)、ケニア(23位)、モロッコ(36位)、タンザニア(43位)とアフリカ各国もかなり目立つ。やはり*自国通貨に信用がない国々では、お金を逃避させるための「デジタル通貨」に対する需要はかなり強い

 原油を担保に「ペトロ」という仮想通貨で50億ドル(約5,4000億円)もの ICO(Initial Coin Offering、仮想通貨による資金調達)を行った実績があるベネズエラは別格。90%以上の人が銀行口座を持たず電気もない地域も多いアフリカでは、携帯電話だけでお金を動かせる利便性が普及の原動力になり、「エムベサ」と呼ばれるケニア発のデジタル通貨が広く流通している。利用者は成人人口の70%を超える2,300万人に達したという。(弊著.「お金のマニュアル」 -損をしないコツ- 其ノ24 仮想通貨編① もご参照)

 ここで「ドルの支配」にチャレンジしそうなのが「デジタル人民元」である。もともと中国はアフリカに随分お金を突っ込んできたが、ここに「デジタル人民元」が登場して、「エムベサ」と連携したらどうなるのか。加えて「ペトロ」ビットコインともブロックチェーンでつながり、そこに「ドルの支配」から逃れたいトルコ、チリ、アルゼンチンなどの国々が乗ってきたら...。さながら「デジタル人民元通貨圏」だ。

 通貨安、インフレに苦しむ国々とは対称的に「アメリカ第一主義」で好調を維持するアメリカ経済。ドルが本国に還流した結果、調整を繰り返しながらも高値圏を維持しているNYダウが象徴的だ。それまでは「グローバル市場主義」を掲げて、新市場開拓のため主要通貨ドルを世界中にばらまいてきたのだから、とんだちゃぶ台返しだ。安全保障上も「世界の警察」の立場から降りようとしており、アメリカに対する不満は鬱積している

 *10月30日のFOMCでFRBは3回連続の-0.25%利下げを実施した。その後発表された声明から今後の利下げ示唆の表現が消えたことから、利下げは一旦小休止、と金利市場は解釈、イールドカーブ( ↓  グラフ、表をご参照)も久々にきれいな順イールド(期間が長い金利が短い金利を上回る曲線)に戻った。ドル売り要因の1つが消えるため、利下げの休止は通貨安で苦しむ国々にとってはあまり良いニュースではないかもしれない

$  FF- 2- 5- 10yr  30 Oct 2019(グラフ)

画像5

 NYダウ上海株式総合指数の騰落だけを単純に比べると米中貿易戦争はアメリカの圧勝のように見えるが、そもそも共産主義の中国は株価についてアメリカほど気にしていないのかもしれない。むしろここで「ドルの支配」を切り崩されると「覇権」の行方は一気に形勢逆転となる恐れもある。欧米では銀行界の強烈なロビーイングを背景に一方的に「リブラ」反対を唱えているが、本当に大丈夫か? ここで遅れを取る事は、ザッカーバーグ氏が指摘する中国による通貨支配につながりかねず、致命傷になるかもしれない。やはり「通貨覇権」>「貿易戦争」だろう。 

 「ATMからお金を引き出したら人民元の偽札が出てきたりして(笑)」。日本人が中国のデジタル通貨に関して言っている冗談だが、これはあくまで自国通貨に信用がある国での話。経済基盤の弱い国々では、信用できない自国通貨より共産主義支配下であっても人民元を選ぶかもしれない。そこが中国の狙い目でもあり、この話の恐ろしいところだ。

 アメリカ、ヨーロッパ、日本では膨大な国家債務負担の軽減のためにインフレ=法定通貨の減価を起こすべく、「ゼロ金利政策」「量的緩和政策」に「マイナス金利政策」と、無謀とも思える金融政策を半ば”実験的に”行ってきた。皮肉にも「インフレ」はG7のような先進各国ではなく、「通貨安」というフィルターを通して、経済基盤の弱い国々で実現してしまった。生活を脅かされた人々にとっては甚だ迷惑な話であり、暴れたくもなるだろう。

 日米欧の先進主要国は、未だ「自分達が世界の中心」などと奢っていると足下をさらわれるかもしれない。基本アメリカべったりとは言え、最近中国とも接近している日本は微妙な立場だ。おそらく財務省や外務省のエリート官僚達は既に策を練っているだろう(と信じたい?)。

 「先に流れを掴んだものが勝つ」- 今も昔もマーケットの鉄則である。表に出ている情報が全てとは限らない。マーケットの変化を丹念に拾いながら、今後の情勢変化を想像力を働かせつつ注視していかなければなるまい。

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