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2匹のタロー

私が子供の頃2匹の犬がいました。

1頭は家を火事で失い野良犬になった優しいタロー。
もう1頭は野良犬の群れのリーダーで怖いタロー。

2匹目の野良犬のお話。私の昔話です。

野良犬が増えた訳

かなり田舎に住んでいた私はまだ家よりも畑が多く、何もないのどかな所で子供時代を過ごしました。

その頃私が住んでいたところでは野良犬が普通にいました。

今だと信じられないと思いますが、道路を横断する犬の群れがいたりしました。
異様な光景だけどでもそれが普通で
「犬がいたら刺激しないように犬と目を合わせず怖くても急に走らない。」
と小学校の先生から言われ、時々それを守らず走って逃げた子が噛まれる事もありました。
そんな状態なのに大人も増えすぎた野良犬をどうしていいか解らず、長い間放置されどんどん野良犬は増えていきました。

その頃の犬の飼い方は酷かった。
ほとんどの家が番犬として犬を飼っているお家が多くリードを付けずに家の庭にいる。
習い事の時その家の前を通りかかると、犬が怒って吠えかかる。
それが怖くてその家の前は走って通り過ぎる。
まさに昔のマンガの世界。

私の隣に住んでいた人は「散歩に行っておいで。」
と外に犬だけ離して、外でトイレや散歩を済ませお腹が空くと帰ってくる。もちろん去勢なんかする訳もなく、当たり前のように外に離して犬は自由を楽しみ家に帰る。それが普通。

その頃避妊や去勢などの手術をしているお家の方が少なかったと思います。だから子犬もよく見かけました。
生まれたら近所のスーパーとか人が集まる所へ段ボールに子犬を入れ「もらって下さい」の張り紙をして置いてある事もよくあり、それで貰い手がなければ草むらや海や山に捨てる。
それを見つけては、子犬を秘密基地へ連れて行きこっそり育てる。でも次の日には逃げていなくなる。でもすぐに別の子犬がいて同じ事を繰り返す。
子犬を拾う事は珍しい事ではなく、子供の頃は当たり前の光景でした。
そんな状態が続けば、当たり前のように野良犬は増える。

そんな変な時代でした。

優しいタローとニセもんタロー

私の近所に住んでいたタローは、足の悪い奥さんと旦那さんと息子さんの3人暮らしで、タローは基本的に放し飼いで夜にお腹が空けばお家に帰ってきて家の前でよく寝ていました。

子供の頃から犬が大好きだった私は、いつも小学校に行く前家の前で寝ているタローの頭を撫でてから学校に行きます。
優しいタローは大人しく尻尾を振って頭を撫でさせてくれて、飛びついたり吠えたりもちろん噛む事はありません。いつも伏せの姿勢のまま小さかった私を怖がらせないよういつもじっと頭を撫でさせてくれる優しい子。

私は優しいタローが大好きで、家で犬が飼えなかった私にとってタローは大切な存在でした。

その頃、群れで行動していた犬達の中にタローそっくりの犬がいました。

いつも群れの先頭にいたのでたぶん群れのリーダー。

群れでいる時は怖くて近寄れませんが1頭でいるとタローと区別がつきにくく、タローと思って近づくと威嚇され吠えられるので私達は「ニセもんタロー」と呼んでいました。

ニセもんタローは完全に人間を敵視していて、襲ったりはしませんが威嚇して近づく事さえも出来ない怖い存在でした。

野良犬になった優しいタロー

ある日家族でご飯を食べていると、焦げ臭い匂いと共に障子の外が真っ赤になっているのに母が気がつき急いで障子を開けると真っ赤な炎が上がっていて、タローを飼っているお家が燃えていました。
火の勢いはすごく子供心に怖くて泣きそうになった事を覚えています。
もし風が強ければ、私の家も燃えていたと警察からいわれました。

家は全焼し、タローの飼い主だった奥さんは亡くなり家で暮らしていたネコや鳥もほとんどが亡くなりました。

いつものように外に出掛けていたタローは無事でしたが、家に帰ってきて燃えてしまった家の前で悲しそうに一晩中悲痛な鳴き声をあげていました。

助かった旦那さんと息子さんはタローを置いて引っ越し、タローは焼けた家と共に置き去りにされました。

日に日に痩せていくタローをみて、何度も母にタローを飼ってくれるよう頼みましたが母は飼うことは許してくれません。
私は給食で残したパンをこっそり持って帰りタローに食べさせ、友達も同じように残ったご飯をタローにあげました。

その頃からタローは全身傷だらけになっていて、姉の話だと偽物タローの群れの犬に襲われていたと聞きました。

傷だらけで日々痩せていくタローでしたが、燃えた家が撤去されて更地になってもその場から離れることはなく、家の前で寂しそうに眠る姿が今も忘れられません。

保健所の職員と名もない犬達

野良犬が溢れていた状況にやっと重い腰をあげた町の職員は捕獲に乗り出しました。

捕獲用の長い棒を持った作業着姿の職員が、私達が遊んでいた空き地に現れその場にいた犬を捕まえていきました。

暴れる犬や檻に入れられて鳴き叫ぶ犬。

私は怖くて動けませんでした。

その時タローも危ないじゃないかと思い、急いで家に帰りタローを探しました。

いつものように何もなくなった家の前で寝ていたタロー。

何処かに隠さないとと友達と色んな所に連れて行きましたが、どうしてもタローは元いた家の前に戻ってきてしまいます。

このままではタローも連れて行かれる!どうしよう…。

友達と泣いていると、近所に住むおばあちゃんが話を聞いてくれました。
泣きながらタローの話をする私たちを見て、おばあちゃんは私が飼ってあげると言ってくれました。

おばあちゃんの家はタローのお家の近くで、お庭からタローのお家がみえていつも気になっていたそうです。でも高齢でちゃんとお世話できるか不安だったけど私達の気持ちや今の状況を考え、タローを飼う事を決断してくれました。

最初リードをつけられる事を嫌がったタローでしたが、少し経つと新しい暮らしにも慣れ痩せていた体も健康的に太りはじめ顔も前よりももっと穏やかになりました。

もう寂しくないし、暖かい犬小屋もご飯も優しいおばあちゃんもいる。

タローを虐める犬もいなくなりました。

あれだけいた野良犬は、私の記憶では1年もしないうちにほとんどいなくなりました。

もしかしたらみんな山に逃げ込んだり、他の土地に移動したのかもしれませんが多くの犬は捕獲されたと思います。
捕獲された犬の中に偽物タローはいたかどうかはわかりませんが、犬の群れはいなくなり偽物タローをそれ以降姿を見ることはありませんでした。

多くの犬の命は奪われました。無知な人間のせいで。

無知な人間が招いた悲劇

優しいタローは2年後病気で亡くなりました。

おばあちゃんに看取られ、穏やかな顔で亡くなりました。

あの頃の私は小さくて無力で何も出来ませんでしたが、今でもタローを思い出します。タローと共にあの頃群れでいた偽物タローとその犬達の事も忘れられません。

元々は、私達人間が無知な事から犬を飼いはじめ、望まない妊娠を繰り返し数が増えてしまいました。
困った人間に捨てられその為に殺された犬達です。

あの犬達に罪はありません。

偽物タローも元々は飼い犬だったのかもしれませんが何か理由があって捨てられ、人間不信になり攻撃的になったのかもしれません。
顔もタローに似ていたから私はタローと偽物タローは兄弟だったのかなって思っています。
もし立場が逆だったら、優しいタローも怖い偽物タローになっていたかもしれません。

無知な飼い主が飼いきれなくなく保健所に持ち込んだり、ペットショップで購入した犬を河川敷などに捨てる人がいるそうです。ダックスや柴犬が野良犬になり捕獲されるケースも多くなっていると聞きます。

無知な事は動物を不幸にする。

私達人間が犬と暮らす事に対して正しい知識や責任を持たない限り、不幸な犬はいつまでたってもいなくなる事はありません。

動物看護師をしていると、なんで早いうちに避妊や去勢をしないのかなって思う事があります。
確かに元気な子にメスを入れる事はかわいそうかもしれませんが、女の子なら乳腺腫瘍や子宮蓄膿症など防ぐ事が出来ます。
男の子なら睾丸の腫瘍や前立腺の肥大などを防げる。

もちろん望まれない妊娠も。

以前ライターの仕事をしていた時に避妊去勢のススメを記事にしたら、お怒りのコメントを多くもらいました。

動物看護師の人が手術を勧めるのは病院の儲けのためだ
元気な犬に手術するなんておかしい。可哀想。

確かに手術は痛みを伴います。麻酔の事故や手術のミスも全くないとは言えません。

だから獣医師はそれが起きないよう細心の注意を払いオペをします。もちろん私達動物看護師も。

元気な子に手術するからには元気な状態で家に帰さなければいけない。どんなに気をつけていても不測の事態が全くないとはいえないから、手術に入る時はいつも緊張します。

それに正直、私達動物看護師は給料が安い。
手術が増えたからって給料が上がる訳ではなく、獣医師も手術のストレスを感じています。そこまで儲かるとは思えません。

人が動物の繁殖をコントロールするなんておかしい。傲り。自然の摂理に反している。

人が犬の命をコントロールするなんて確かに人間の傲りかもしれません。
でも自然の摂理に従った結果、あの頃の犬達が生まれそして殺されたのも現実です。
多頭飼い飼育崩壊もその摂理に従い招いた結果だと思います。
きっと最初は可哀想だからと犬や猫を集め、避妊去勢をしないまま飼えば崩壊するのは自然の摂理です。

犬や猫を飼う事を決めたら、まずは動物を理解し動物を知ってから飼ってほしいと思います。
一つの命を預かるという責任を感じ、天寿を全うさせ幸せに暮らす為にはどうしたらいいか考えて下さい。

避妊や去勢もその為に必要な事。
色んな意見があると思いますが、何を言われても私は必要な事だと考えます。

今は何も出来ず泣いていたあの頃の無力な私ではない。
だから、私は動物達の命を救いたい。不幸な子を増やしたくない。

あの2匹のタローとあの頃の名もない犬達に誓って。

最後まで読ん頂きありがとうございました。


最後まで読んで頂きありがとうございました! 動物看護師として、これからもペットと飼い主さんの絆が深まる記事を書いていくつもりです。 どうぞ宜しくお願いします