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言葉は額面通り?

10年前、中国へ語学留学してよく遭遇したトラブルがある。正確には私ではなく私の「友人たち」の間で、だいたい日本人×韓国人の組み合わせで巻き起こる。

彼らはたまたま組み合わせられたルームメイトだ。入学手続きをした順番で組にされたので面識はなく、単なるご縁で一緒の部屋に住んでいる。トイレ、シャワー、洗濯機、リビングは共有で、寝るときは個室のベッドがある。住み始めではお互いに話し合って「この部屋のルール」を決め、日常はそのルールに沿うことになる。

で、発生する問題は2種類。

日本人からすると韓国人ルームメイトがあまりにも自由に振る舞いすぎるように見えて、イライラする。韓国人からすると日本人は言うことと本音が違うのでイライラする。お互いにしばらく我慢していて、どちらかが我慢できなくなるとケンカになる。

韓国人のルームメイトの言い分はこうだ。

「嫌なら嫌だと言ってくれれば止めるのにどうして言わない?」
「どうして本人に言わずに陰で他人に言うの?」

日本人は「いい?」と聞かれて嫌だと思っても、相手との関係やこれからを考えて我慢して「いいよ」と言うことがある。聞き手は表情や言い方を見て本当はどう感じているのか読み取り、読み取った結果に従う。

韓国人に限らず海外の人は違う。「いい?」と聞かれて嫌だと思ったら「嫌だ」と答える。聞き手は額面通りに言葉を受け取って従う。だって「嫌だ」と言ったから。「嫌だ」と拒否されたからといってグダグダ思い悩まず、その人の意見なのだからと割り切る。

個人的には、海外にいるときは日本的な慮りはややこしいと思う。情報の伝え手になったときもそうだし、受け手になったときもそう。自分が日常で言葉の裏を読むクセがついていると気づいたのは海外を経験してからで、意識したことはなかった。でも本音と建て前の齟齬がいろんな揉め事を起こしているのを見ると、自覚的に直さなければいけないと思う。

ただ日本にいるときは日本の奥ゆかしさも長所で、なるべくまっすぐな物言いはしないほうがスマートだと考えていた。

中国生活では友人たちがケンカになるたびに取り巻く友人連中が駆り出されて、ディスカッションになる。これは日本人同士でも意見が分かれた。

もう日本的なコミュニケーションは通用しない時代なのだから、日本国内でも海外式の真っ直ぐな伝達方法をどんどん実践していくべきという人。逆にオブラートに包んだ気配りに長所を見出して、日本的な文化を世界に広めたほうがいいという人。また、私のように使い分ければいいんじゃないかと思う人。

あれから10年経って、少し意見が変わってきた。言葉は言葉として、額面通りにやり取りするほうがいいんじゃないか。

もちろん文学のように行間を読ませ、すべてを表現しない中から読み取る芸術はあっていいと思う。でも実務レベルで情報を伝え合うときに言葉以外の情報が含まれすぎていると困ることがある。

締切は○日と伝えられて守っても、実は相手が「もっと早く出してほしい」と考えていたとか。クライアント情報はこれだけと思っていても、実は相手が「次にこれを答えようと思っていた」とか「もっと質問して気概を見せてほしかった」と感じていたとか。

海外だと「言わなきゃわからん」で終わる。で、この頃はそのやり方も悪くないと思えてきた。

週末にNHK『トットてれび』を見てその思いを強くした。主人公の黒柳徹子さんは小学生のときから自分の興味に真っ直ぐだった。NHKのオーディションに合格してテレビ女優第1号になったあとも、「ふり」と「本当」の使い分けがうまくいかずに怒られてばかりだった。

でもよく見ると、徹子さんは言葉に正直だ。ラジオドラマのその他大勢役で「目の前で傷病兵が倒れたという設定なので声をかけて」と言われたら、必死になって「生きてますか!お水要りますか!」と叫んでしまう。だって目の前で人が倒れたらそうするから。

ドラマ内での仕事場では迷惑扱いをされてしまうけれど、徹子さんの振る舞いは真っ当だった。だって、言葉通りにやったらそうなるのだから。

漫画『ガラスの仮面』でも同じような場面があった。主人公の北島マヤが演技のワークショップに参加したシーンだった。「道を歩いていたらあなたは釘を踏みました。その演技をしてください」と言われて、周りは「いててて!」と痛がる演技をしたけれど、マヤは「あら」と言って靴の裏を確かめただけだった。だって釘を踏んだという設定だったから。刺さったとは一言も言われていない。

言葉の裏の裏を読むのは大切かもしれない。でも言葉通りに解釈した人が肩身の狭い思いをするのも間違っているのではないか。裏読みの文化にどっぷり浸かってしまっているけれど、片足ずつ抜けていこうと思う。


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