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紙とインクと人に会えた、藤原印刷の「心刷祭」

9/28(土)、長野県松本市にある藤原印刷さんの「第1回 心刷祭」に行ってきた。元々松本市民だったので存在は知っている。SNSでも出版界隈の方々がイベントやプロジェクトについてよく話題にしていたので「何をしてるのかな」と気になっていたところ「祭りやります!」と告知が始まった。

松本にも2年くらい行っていないのでちょうどいいや、行ってみよう。

本好き・紙好き・インク好き・加工好きが集まっている

イベントの目玉はいくつもある。1つは、印刷工場の内部を出展ブースエリアにアレンジした会場。普段は紙束を運んでいるような大きな木製パレットがうまく積み上げられて、テーブルやベンチの代わりになっている。入口に立つと両脇にズラッとブースが並んで壮観。開場30分くらいで人が鈴なりになっていた。

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集まったのは藤原印刷にゆかりがある出版社や書店で、それぞれイチオシの本や印刷物、グッズを並べて売っている。少し顔を覗かせるとみんな「この本はこんな加工をして、こんな工夫をしてあるんですよ!」「このデザイナーさんの本に合わせて、このグッズも用意しました!」「こんなテーマでまとめた本なんですよ!」と教えてくれる。

本屋さんではあるけれど、本屋さんとも少し違う。

「流通商品としての本」というより、目の前にある、重みと厚さと匂いと手触りを持った「思い入れのある品」について、言葉を尽くして情報を伝えてくれる感じ。それがたまたま本という形になって、提供されている。

見るブース見るブースにみんな「思い入れ」の熱量があって、それを聞きながら触ってめくって巡るだけでも十分楽しい。本について造詣が深い人だともっと面白さが分かるかもしれないけど、私みたいに「この紙は心地いいなー」くらいのライトな興味でも皆さん親切にしてくれる。

とてもシンプルなことだけれど、紙や本について「人と話せる」「新しい情報を教えてもらえる」というコミュニケーションが楽しい。書店でも難しいし、出版や印刷の場だと仕事でしか関わる機会がない。ただただ興味が赴くままに聞いて「へー」と頷けるのは貴重だと思う。

東京方面から来たブースも多く、横浜から来た自分にとっては「近くにこういう作り手さんがいたんだ」という発見もあった。

購入したのはこちら。

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東京・八王子市から出展していた堀之内出版のブースでは、お買い上げ先着何名かにくじ引きサービスをしていて、なんと「1冊無料」を引き当ててしまった。おお。西周の本をもらってオフィスでラブを買う。左の「サケ大変身」はクリアファイルで、ほっこりしたイラストでサケの外見の変化が載っている。こんなに変わるなんて知らなかった。

こちらは東京・千代田区から出展していたトゥーヴァージンズ刊『看板建築 昭和の商店と暮らし』。レトロなビルや建築、意匠は大好きなので、表紙でほぼ一目惚れ。松本にもこういうお店がたくさんあったのに最近は激減してしまった。

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この記事を書くために調べていたら、図版と解説を担当された方のブログがあった。こうやって自分の足や目で探して本を作るのだなあ。

インク練り体験・工場見学ツアーなど「中」が分かる

事前予約をすると、いくつかの見学や体験にも参加できる。私は「特色のインク練り体験」と「工場見学ツアー」に申し込んだ。

まずインク練り体験。カラー印刷は通常、スミ・マゼンダ・シアン・イエローの4版に色分解されて、それぞれの版を重ねて印刷して色を作り出す。でも会社ならではの特殊なコーポレートカラーが必要なときや4版も製版するコストがないとき、1版1色で目当ての色を出すために「特色」という1色を調整して作る。

目的色が含んでいる色の成分をA色を○%、B色を○%、C色を○%と分けて、それぞれのインクをパレットにニュルッと出して混ぜる。……というのは知識として知っていたけれど、実際に練る工程は見たことがない。

現場ではPCと連動した精密なインク抽出機を使い、0.01g単位で出した後に舟と呼ばれる台の上で、ヘラを使って混ぜる。

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今回は250gだそうだけれど、ヘラで練るにはとても重い。現場の人はちゃっちゃっと撫でるように混ぜているようでも実際はそんなにうまくいかない。

この濃い赤に見える色は紙に印刷するときはもっと明るい山吹色になる。

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試し刷りを見て、インクの濃淡を確認して、印刷機に並ぶ小さなインク壺を制御するボタンをプラス/マイナスして、均等な刷り上がりにする。色校正なんかでは結構軽々しく「こうしてください」と言ってしまっていたけれど、実行してくれるのはやっぱり人の手と目だ。

工場見学ツアーは各回6名定員だったところ、自分回は本当に偶然に5名様が欠席。私1人に印刷オペレーターさんと営業担当さんという案内2名の贅沢なツアーになった。

新聞社での輪転機は見たことがあるけれど、印刷会社の印刷機はいろんな紙に対応しなければいけない。厚さも重さも性質もバラバラなのを調整して1時間に何万枚も刷れる環境にする。そうか、新聞社の紙は1種類だった。

畳と同じように紙にも「目」があって、本として開いたときに縦目になるように作るのがセオリー。出来上がりがA4版とA5版の場合は折数が変わるので、刷る方向を縦にするか横にするか最初にちゃんと考えないといけない。うっかり横目になる面置きをしそうになって「しまった」ということもあるらしい。

よく考えると紙には裂けやすい方向と裂けにくい方向がある。トイレットペーパーも縦目で巻かれている。横に切りたいのに切りにくい。「トイレットペーパーにミシン目入れたのは発明だと思いますよ」とのこと。確かに!

スミ色のインクも「黒」ではない。青みのあるスミ/赤みのあるスミという傾向がインク会社によって存在する。アイボリー地の紙には青みがかったスミのほうが「より黒々と見える効果」があるなど、求める表現とインクと紙についてはお客さんとよく相談する。

印刷の現場では、大きな1枚の紙の表に8ページ分、裏に8ページ分が印刷されて、これを折って本の形にする。面付けについては出版や台割に関わった人だと気を遣うところだと思う。私も上下やノンブルの間違いがないように見直していた記憶がある。

note面付け図

が、印刷オペレーターさんからすると着眼点がもう1つあるという。もし4ページ目に暗く濃い色の画像、5ページ目に明るく薄い画像が入るなど、あまりにも性質が違うページが印刷の縦方向に並んでしまうと色の調節が難しいらしい。なぜなら、その面の色をコントロールするインク壺は共通だから。

「4が濃すぎるから薄くする」と調節すると、一緒に縦並びになっている5の色も薄くなってしまう。「5をもっと濃くする」と調節すると、同じインク壺の色を使っている4の色も濃く沈んでしまう。

だからなるべく、ページ立てを考えるときから面付けの並びを考慮してお客さんにも伝えて変更してもらったりするらしい。そこまで考えたことがなかった……。

新工場には3年前に導入したLED-UVの印刷機がある。紫外線で定着するインクなので、従来のインクのように乾かす時間をとらなくてもいい。それと色が濃い写真などもザラザラした紙に印刷できるようになった。

これまでのインクだと、インクを吸ってべったりした表現になってしまう上、とても乾きにくくザラザラ紙には印刷しにくかった。でもUVで印刷するとそのデメリットが消え、表現の選択が増える。

確かに最近は写真集のようなものでもツヤツヤなコート紙ではなく、ざらざらな手触りの紙が増えている。お洒落でいいなと思っていた。新しい技術ができたから、新しい表現もできるようになった。へー。

色を鮮やかに出すために、最初にイエロー5%を刷ってその上にカラー印刷する手法があるらしい。化粧下地と同じだ。UVインクはホワイトインクが使えるのでそれを全面に印刷して同じ効果を出すらしい。へー。へー。

自社の企画・運営だから、気配りが細かい

グッズを販売する店、飲食店ブース、セミナーや講座との組み合わせでいろんなフェスや業種交流会イベントが各所で行われている。でも今回、これほどチームワークと気配りを感じたのは「自社企画・運営・管理だから」だと思う。

駐車場は常に何人か誘導する人が出ていて、車が入るたびに空きスペースを案内していた。私はタクシーで行ったのだけど、帰りのタクシーについて相談をするとすぐ予約対応していただいた。

第1回だから、講座やイベントのガイドも練習したのだと思う。事前に用意した見せ方で進行しつつ、でも現場の時間が押すことが分かったら「3回の予定だったけど2回に変更する」と他の回の人にも情報をすぐ共有してパパパッと伝わっている。

自分が体験したのは出展ブースエリア、インキ練り体験、工場見学の3つで、滞在はほんの数時間。でも、来場した人には何を伝えるのか、万が一の場合はどの範囲で変更してよいか、あの場にいた社員の皆さんのベクトルがほぼ一致していていた感じを受けた。

自分もOLのときは会社主催の住宅フェアやらゴルフ大会やら、裏方に回る仕事をした経験がある。トラブルや想定外の対応は、現場の端々の情報が伝わっていないとややこしい。たぶんこの会社はそういうアクシデントは少ないんだろうなあ、と思った。

あと、皆さんが本当に「印刷が好き」なんだなというのも伝わってきた。それぞれの担当部門で、部門としての心意気がある。「これは実はこうなんですよ」と披露してもらう話がその部門ならではの視点で、その仕事をしている人だからこその気遣いが出る。

インク担当の人にはインクの、オペレーターさんにはオペレーターさんの、営業さんには営業さんの、それぞれの「実はですね」が聞けて面白かった。

Vol.2 は 10/26(土)甲府で開催

「心刷祭」は10月に甲府でも開催されるらしい。東京から特急で1時間半くらいなので、日帰りでも十分行ける。

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紙好き、インク好き、加工好きの人は囲まれるだけでもとても楽しいと思うので、興味があればぜひ。

おまけ

トップ画像は、アンケートに回答するともらえた手帳とトートバッグとオリジナルクッキー(豪華!)。チケットもポスターもこだわって作られているので、ついつまんで確認したくなる紙質。

私が広告営業で就職するとき、面接で「うちの広告で一番印象に残っているのは?」と聞かれて「藤原印刷さんです」と答えて「ほう」と返された。

どの企業もお金を出して買う広告枠にはぎっしり情報を詰め込もうとするのに、藤原印刷は広い余白の隅に「社名・連絡先」の掲載のみ。ぱっと見が真っ白で、そちらのほうが目立って「潔い会社だな」と心に残った。その面接のおかげで就職できたので、個人的に(一方的に)ちょっと思い入れがある会社です。

地方だから、というのも関係なくなってきた。

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