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書きながら味わって読む vol.1【美人百花:夏木マリさんインタビュー】

ゆっくり読むことで、見えるようになるものがある

所属している編集デザインファームinquireでは、毎月2回読書会を開いている。

読むのは「高校生のための文章読本」。70本の名篇を集めたアンソロジーだ。

一篇はわずか4~5ページほど。その数ページを2時間かけてゆっくりと読む。

まずは、参加者が順番に声に出してゆっくりと読み上げる。次に、感じたことを話していく。

もし一人で読んでいたら、4~5ページを読むのにかかる時間は、10分にも満たないだろう。でも、その数ページをゆっくりと時間をかけて読むのだ。

そうすると、最初はただの記号でしかなかった言葉が、突然重大な意味を持ちはじめることがある。はじめは見えなかった作者の想いが、垣間見えることがある。巧みな表現に、途中で気づかされることもある。

そう思うと、せっかくこだわり抜かれた文章を、いつもは表面をなぞるような読み方で通りすぎてしまっているのかもしれないなと感じる。それって、もったいないかもしれないな。

書きながら、味わって読む

そこで、ゆっくり表現を味わう訓練として、あることを試してみようと思う。

それは、ノートに書き写しながら読むことだ。

目で追うだけよりも何倍も時間がかかる。一画一画書かないと読み進められないから、自然と細かな表現にも目が止まる。ライターとして表現力が上がったりしないだろうか。そんな下心とともに、いつまで続くかは分からないけれど、気が向いたときにやってみようと思う。

初回は、「美人百花」の7月号に掲載されていた夏木マリさんのインタビューだ。普段あまり雑誌を手に取ることはないのだが、美容院の待ち時間にたまたま手渡された。そのインタビュー記事にうつっていた夏木さんの写真は目を惹くものだったし、インパクトのある言葉は読み終わったあとに耳を離れなかった。

書きながら、いいなと思ったところにメモを入れてみた

例えば「やりたいことがあると、崖から飛び降りちゃう(笑)」という見出し。これがもし「やりたいことがあると、すぐに飛び込んじゃう(笑)」だったとしたら、どうだろうか。

前者は夏木さんがいたずらっぽい笑みを浮かべて、未知の世界に飛び込んでいる映像が目に浮かぶ。一方、後者だと「崖」という言葉をなくしたことで、概念化されてしまうからなのか、情景は思い描きづらい。

文章を読んで、情景が目に浮かぶかどうかは、こういった表現の細かい違いによるものなのかもしれないなと感じた。

また「天を仰ぐ指先、はるか先を見据えるまなざし、空を切るしなやかな動き」という部分。情景描写が三連続で並べられていて、まず何よりもリズムが良い。かつ、「指先、まなざし、動き」というシンプルな単語が修飾語によって、これまた情景が目に浮かぶように設計されている。

そして、何よりも。文章の始まりであるリードに「(夏木さんを見ていると)なぜか泣きたくなる。大げさかもしれないけれど”神性”のようなものに触れた気がして、心の奥底が震えるのだ」と、これでもか、とライターの圧倒的な主観が詰め込まれているのも面白い。

どんなに言葉を尽くして客観的に情景を描いても、このライターの方の心情よりも生々しくはならないだろうと思う。なかなかここまでライター自身の感情を入れるのは勇気がいるけれど、いつかわたしも試してみたいな。

そんな感じで、今日はおわり。

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