栗麻呂ノ暗号第4話a

<ノーランと宮崎駿>最終章④「りぼん」

これまでのあらすじ

1989年のロンドンから現代にタイムスリップして来た大学生クリストファー(19歳)は、自分が未来の世界で映画監督となっていることを知らされる。若くして数々のヒット作を生み出すその原動力は、少年期からの憧れ「宮崎駿」への複雑な思いだった。懐古的なジブリ美術館や安易な世襲を否定し、自身の作品内で宮崎映画を創造的に再現するという「俺のジブリ美術館計画」は、クリストファーの深い宮崎駿愛と、彼自身の目標でもあったジブリスタジオへの思いを込めたメッセージでもあったのだ。しかし、壮大すぎた計画は彼の作品に複雑で難解というイメージを与え、興行収入は減少の一途に…。おかえもんよりこれらの事情を知らされたクリストファーは、「俺のジブリ美術館計画」の封印と、込み入ってない映画作りを心がけることを決意し、1989年へと帰っていった。その直後、過去へと帰るクリストファーを止めようと、現在世界のクリストファーが現れる。1989年のロンドンへ戻るはずだったクリストファーは、時空の歪みによって、日本の山奥に飛ばされたのだ。そしてその場所で、ある親切な人物に窮地を救われる。その人物こそ、後に世界的巨匠となる宮崎駿。しかしその出会いによって、歴史は変わってしまった。クリストファーにとって、さらに悪い方へと…

前回はコチラです。未読の方はどうぞ。


いちいち言わんでもわかると思うけど念のために言うておく。本シリーズはフィクション、つまり、おかえもんの妄想や。登場人物の発言は、実在の人物・団体の事実を表しとるわけとちゃうで。エンタメ作品として、突っ込み入れながら、笑い流してくれたらええ。

でも、あながち妄想とも言えないような…

信じるも信じないも、あなた次第です。

では、第4話「りぼん」の、はじまりはじまり…




1989年・夏


<シトロエン2CV車中>

ふぅ~~~


ああ…スッキリした…

やっと落ち着きました。

大声出して歌うのは、やっぱり気持ちいいですね。

クリス君も遠慮せずに大きく口を開けて歌えばよかったんです。

腹の底から声を出すことって、生の基本なんですよ…

は、ハァ…

結構…パンクでしたね…

パンク?

そうでしたか?


おお、集落が見えてきましたよ。

あの中の一番大きな建物が、目指す農協スーパーです。



<農協スーパー内>


さて、今日は「すき焼き」なんです。

クリス君は「すき焼き」ご存知ですか?

ス、スキヤキですか!?

はい!知ってます!知ってますとも!

食べたことはありませんが、ボク…スキヤキにずっと憧れてたんです!

せっかく日本に来たのに「すき焼き」を食べずに帰るのはもったいないですね。日本を代表するソウルフードの一つですから…

どうでしょう?

このままうちに来て一緒に食べませんか?

うちの山荘にね、いま仕事仲間と休暇に来ているんですよ。ああいう食べ物は大勢で囲んだほうが美味しいですからね。

どうですか、クリス君も?

それともこれから何かご予定がおありですか?

いえ!予定なんか何もありません!

ホントにお邪魔してもよろしいんですか!?

ええ、もちろんですとも。

男ばかりのムサ苦しいところでよければ…

ああ、そうだ。いっそのこと泊ってったらいいですよ。

こんな山奥で夜になったら、もうどこにも行けないですからね。

いいんですか、そんなことまで…

助かります!

そういえば君は、なぜあんなところに1人でいたんですか?

いったいどこへ向かうつもりだったので?

い、いや…

その…

どこというか…

あれま、センセエじゃねーの!

バアちゃんたち!?

まだ お迎えが来ねえのか!?

イヒヒヒヒ…

今朝採れた野菜ここで売ってんだども、センセエ、買ってってくれるよな?

ひ孫に小遣いやりたくてね。

ワハハハ!

そいつはご苦労なこった!

イッヒヒ…

あんたも 立派なセンセイになっちまったねえ…

ほれ、このニンジンもってきな。

ネギも太くていい味だよ。

おお、確かに美味そうなネギですね。

ほらクリス君、カゴに入れて…

はい。

じゃあな婆ちゃんたち。達者で。

イッヒヒ…

さて、次はシイタケと白滝…

それから豆腐と肉…

あの…

宮さんは学校の先生か何かなさってるんですか?

ええ…まあ…そんなところです。

先生と呼ばれるほど偉くもなんともないんですが…

そうだ!

スキヤキといえばビールを忘れちゃいけませんね!

ほう、よくご存じで。

すき焼きといえば、やっぱりビールですね。

しかし去年、アイルランドのパブで飲んだビールは、ほんとに美味かった。

近所の人が集まるような、なんてことない田舎のパブなんですけどね、ああいうところで飲むビールは格別でした。

日本のビールが英国人のクリス君のお口に合うかどうか…

わあ、見たことないビールばかり…

どれがスキヤキに合うんだろう…

極度…乾燥…?

おもしろい名前だなあ、このビール。どんな味がするのかな…

ダメです!

そのビールに手を触れてはなりません!

へ?

何が「辛口」ですか!

何が「喉ごしスッキリ」ですか!

まさに昨今の軽薄短小文化の象徴です!

こ、このビールがですか…?

そうです!

ビールというものは本来、舌に「ほろ苦く」、喉ごしも「重い」ものなんです。間違っても「軽くてサラッと」したものなんかではないんです。

一日の労働を終えた男が、世間の様々なことからようやく解放され、ホッと一息つきながらゆっくりと味わう…

ビールとは、そういうものなのです。

そしてその味は「ほろ苦い」ものでないといけない!

わかりますか?

僕の言ってる意味が、クリス君、あなたにはわかりますか?

え、ええ…

ビールとはですね、人生そのものなんですよ。

だからそれは「ほろ苦く」なくちゃいけないんです。そして「重く」なければいけないんです。真摯に生きる人間の人生とは、まさにそういうものなのですから…

「喉ごしスッキリ」なんて人生、どう思いますか?

そんな人生で君は満足しますか?世界は幸せになりますか?そんなもの、嘘っぱちですよ。

そんな人生にはね、何の価値もないんです。

ハ、ハァ…

では…

どのビールがいいでしょうか…?

男は黙って、この赤い星の一択です!

赤い星…

今日のメンツなら大瓶が2ケースは要りますね。

クリス君、悪いがレジまで運んでくれないか。

は、はい…

よいしょ…

よいしょ…

ふう…

どうもありがとう。

(あっ!あっちに新聞・雑誌コーナーがあるぞ!英語の新聞もあるかもしれない!この時間軸における情報収集をしなければ…)

あ、あの…

あっちで新聞や雑誌を見てていいですか?

ええ、どうぞ。



ああ…なんてこった…

英字新聞が無いじゃないか…

でも今日は、1989年の8月〇日みたいだな…

ボクがロンドンから2017年の日本へタイムスリップした日の一週間前だ…

てことは…

誰にも怪しまれず、誰にも気付かれないようにするには、一週間後のロンドンへ戻ればいいんだ!

このポケットの中の不思議な青い石を、また使って…


ん?


あれ?


石が無い!!!


どうしましたか~?

い、いえ…

何でもないで~す!

(ど、どうしよう…どこで失くしたんだ…あれがないと帰れないじゃないか…パスポートも持ってないし…ボクはどうしたらいいんだ…)

ああ、大事なモノを忘れるところだった!

クリスく~ん!

そこの雑誌コーナーから「りぼん」を持って来てくれないかね~!

り、り、りぼん…ですか…?

そうです~!

平仮名で三文字「り・ぼ・ん」と書かれているやつで~す!

こんな風に、

り・ぼ・ん

って書いてあるやつ~!

り、ぼ、ん…

これか?

宮さ~ん!

これ少女向けのコミック雑誌ですよ~!

それで~す!

それでいいんで~す!

早くレジまで持って来てくださ~い!


はい、どうぞ…

どうするんですかコレ?

決まっているじゃないですか…

帰って皆で回し読みするんですよ。

へ?

でも…

今日は男ばかりのムサ苦しい集まりだって…

そうですよ。

それがどうかしました?

い、いえ…別に…

さあ、行きましょう。

みんな大掃除で腹をすかしてる頃です。



<山荘にて>


さあ、もうすぐ着きますよ。

そこの角を曲がったとこです…

ハ、ハイ…

どうしました?

帰りはずっと元気がありませんでしたね。

車にでも酔いましたか?

イ、イエ…

ダイジョウブデス…

ホラ!ここです!これがうちの山荘です。

ああ、ずいぶんと綺麗になりましたね…

玄関前も草ボウボウだったんですよ…

夏はあっという間に草藪になってしまいますから。

皆さん、お疲れ様です!

お待たせしました。お腹すいたでしょう?早速ごはんの準備に取り掛かるとしましょう!

ああ、宮さん、おかえりなさい。

どうですか、我々の仕事ぶり…見違えたでしょう…

蜘蛛の巣やすすも払って、家の中もすっかり綺麗になりましたよ。


おや?

その…外国の方は…どなたですか?

途中で拾ったクリス君です。

一人旅で特に行く当てもないそうなんで、今日はうちに泊まることになりました。

皆さん、どうぞ仲良くしてあげてください。

あ、そうそう。

人生で初のスキヤキなんだそうですよ。

イギリスから来たクリスチアーノ・ノラリゲスといいます。

どうぞクリスと呼んでください。

日本人だった祖母から日本語を習いました。今日はどうぞよろしくお願い致します。

おお、日本語がお上手だ。

こちらこそよろしく。私のことは黒さんとでも呼んでくれ。

さあ、皆さん!

二手に分かれて準備に取り掛かりましょう。

黒さんたちは食材担当。まあ洗って切るだけだから簡単なものですね。

私とクリス君は食卓のセッティングをしましょう。

クリス君、まずはビールを裏の川で冷やしますので、ケースごとこちらに持って来てください。

はい!

(ああ、よかった…心配するほどのことではなさそうだ…)



<すき焼きの宴>



えー

皆さんグラスの準備はよろしいでしょうか?

では宮さん、乾杯の挨拶おねがいします…

はい。


皆さん…

今日こうして…こういう場を設けられて…

私は本当に嬉しく思っています。

正直…もしかしたら、もう二度とこんな風に仲間たちと酒を酌み交わすことが出来なくなるんじゃないかとも思いました…

でも、皆さんが昼夜を惜しんで頑張ってくれたおかげで、赤いリボンの少女は熱い風にのって、大空へと飛び立ちました。

高く、高く、遥か空高く…

そしてどうやら我々も、まだまだ映画の世界で飛び続けることが出来そうです…

祝・配給収入20億円突破!

え?

この2年間、本当にいろいろなことがありました。

脚本の大幅変更や監督の交代、そして東映からの屈辱的な通告…

しかし皆さんの血のにじむような踏ん張りで、それらの困難を乗り越えて今日この日を迎えることができたのです…

ま、まさか…

まあでも振り返ってみれば、我々は「順風満帆」なんて言葉とはずっと無縁でやって来ました…

もう苦難ばかり。苦難に次ぐ苦難の連続です。一度だって追い風なんか受けたことがありません。我々は常に激しく吹き荒れる嵐の中にいました…

明日がどうなるのかなんて誰一人わからない毎日です。

皆さんもそれぞれ家族や大切な人がいる中、こんな私を信じてついてきた勇気…いや、蛮勇に、心から感謝の意と称賛の拍手を送りたいと思います。

いやあ、本当にそうでした(笑)

「風の谷」ならぬ「強風の谷」でしたよ…

毎日、借金取りに追われているような心持でしたねえ…

ええ!?


『風の谷のナウシカ』(1985)


そういえば…停電して真っ暗闇の中、カンテラの灯りで仕事をしたこともありました…

ああいうのは不思議と気分が高揚するんです。一体感も出ます。定期的にあるといい(笑)

(まさか、ボ、ボクの…)


『天空の城ラピュタ』(1986)


雨漏りした時もあったなあ…

雨も風も激しい中でオンボロ傘さしてるようなものだった。

(ボクの…目の前にいるこの人が…)


『となりのトトロ』『火垂るの墓』(1988)


でも我々ひとりひとりが心の中にしっかりと地図を持ち続けていたおかげで、嵐の中でも光を見失わず、大きく道を誤ることもなく、ここまでやって来れたんです。

(この「宮さん」なる人物が…)


『魔女の宅急便』(1989)


それでは、『魔女の宅急便』の大成功を祝って、乾杯しましょう!

皆さん、お疲れさまでした!

かんぱーーーーい!

かんぱーーーい!

宮崎駿監督…

その人だったとは!!!



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2017年・秋


あんたも相当にぶいな。

まさか時空の狭間に流されて、わけもわからないまま辿り着いた先が、憧れの人の目の前だったなんて、出来過ぎにもほどがある…

しかも今と違ってインターネットも無い時代だ。

イギリスに生まれ、中学高校時代をアメリカの片田舎で暮らしていた19歳の私が、何も知らずに宮崎氏本人を目の前にして気付くはずもない…

そうでしょうね…

それで、どうなったのですか?

うむ…


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さあ、そろそろ「すき焼き」のほうも食べごろのようです。

皆さん、今日はジャンジャン飲んでモリモリ食べてください。

クリス君も遠慮せずにさあどうぞ、念願のスキヤキですよ…

ハ、ハイ!

では、行かせていただきます!


ドボドボドボドボドボドボ…

げェ!?

何をするんだクリス君!

え?

スキヤキってこうやって食べるんですよね…

もう1本くらい行きますか?


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ズコっ!

次元か!


『ルパン三世:死の翼アルバトロス』(1980)


ーー第5話へ続くーー


『リボン』 歌:BUMP OF CHICKEN


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