第103話「僕とフリオと校庭で①」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
前回はコチラ
2019年9月19日
スナックふかよみ
うふふ。
それじゃあ聞かせてもらおうかしら。
『Me and Julio Down By the Schoolyard(僕とフリオと校庭で)』に隠された秘密を、洗いざらい…
はい。任せてください…
ねえ、その前にさ。ちょっと提案があるんだけど。
何でしょうか?
みんなで歌わない?『僕とフリオと校庭で』を。
さんせーい!
じゃあアタシがギター弾くわね。
気持ちいいのよ、この曲はカッティングがさ。
アンタはパーカッションよろしく。カウンターでも叩いておいて。
はい。
もちろんあたしがメインボーカルでしょ?
何言ってんのよ。アンタはハモり担当。
えー。だってキーが…
つべこべ言わないの!
それじゃあ行くわよ!
ミュージック、スターティン!
ねえねえ!バイオリン弾いてたの誰?
さだまさし?
わたしです(笑)
え?ジャイアンツが?
バイオリンなんて、どこにあったの?
これですよ。
は?
このボードに「バイオリン」と書いて弾く真似をすると、本当にバイオリンの音が出るんです。
なにそれ? ドラえもんの秘密道具みたいじゃん。
他のことでもOKなんですか? 楽器以外でも?
イエース。
「まな板」と書けば「まな板」として使えますし、「まくら」と書けば「まくら」として使えます。
じゃあ「1憶円」って書いたら「1憶円」になるんですか?
それは通貨偽造罪に抵触しますからダメですね。
違法行為以外なら、ほぼ何でもOKです。
「タブレット」と書けば「タブレット」として使えます、はい。
それって、すごくない?
なんで今まで内緒にしてたのよ?
いわゆるひとつのメークミラクルです。
じゃあさ、「イケメン」って書いたら、イケメンが現われるの?
「松坂桃李」って書いたら、ジャイアンツが松坂桃李になっちゃうわけ?
うーん。どうでしょう。
さっき「ほぼ何でもOK」って言ったじゃない!
文字は33画までという制限がありまして。
肝心なとこで役に立たないんだから!
松坂桃李を出してよ!モノホンの松坂桃李!
桃李!桃李!桃李!
トーリ、トーリと、気安く呼ばないでください…
なんですと?
トーリは…
ニューヨーク・ヤンキース黄金時代を築いた名将ですよ。
ジョー・トーリ
ハッ!
・・・・・
よかった。本筋に戻ってこれて(笑)
私、トーリには、うるさいんです。
なにせトーリー党の党首ですから。
そんな党あるの?
また嘘ですよ。イギリスに昔あった党の名前ですから。
その通り。サンセット大通り。
うふふ。
それじゃあ、よろしくね、名探偵さん。
『Me and Julio Down By the Schoolyard(僕とフリオと校庭で)』の深読みを。
ええ。
では、まず…
『僕とフリオと校庭で』のストーリーをざっくりと知ってもらうために、この動画を見てもらいましょうか。
やっぱり意味不明よね。
ポール・サイモンは子供の頃、そんなに「やんちゃ」してたの?
警察に捕まって、留置所に入れられるほどのことを?
全然そんなふうには見えないけど…
Paul Simon(17歳)
この歌における「僕」は、ポール・サイモンじゃないんだよ。
は?
じゃあ「フリオ」と「ロージー」は?
少年時代のポール・サイモンと仲の良かった地元のお友達じゃないの?
違うよ。
いったい、どういうことなのでしょう?
この歌は、ポール・サイモンの「盛りまくった武勇伝」ではないのですか?
違う。
すべてポール・サイモンの「嘘」…
信頼できない語り手による「作り話」の歌だ。
ぜんぶ嘘? 作り話?
『ライフ・オブ・パイ』や『日の名残り』みたいにですか?
そういうこと。
ねえねえ、これ見て。
この曲の英語版ウィキペディアに、おもしろいこと書いてあるんだけど…
ポール・サイモンがインタビューで、こんなこと言ってたらしい…
「僕」を留置所から救う「過激な司祭」にはモデルがいるって…
イエズス会のダニエル・ベリガン神父?
弟のフィリップ・ベリガン司祭と共に、アメリカではとても有名な人物です…
筋金入りの人権活動家で、ベトナム戦争に反対し、1968年、仲間の聖職者たちと一緒にメリーランド州の徴兵名簿を盗み出し、それを焼き捨てるという過激な抗議行動を実行…
懲役3年の有罪判決を受けました…
なるほど…
「過激な司祭に助けられ、僕らは週刊誌の表紙を飾った」という歌詞は、このダニエル・ベリガンと弟のフィルのことだったのか…
だけどポール・サイモンは「TIME(タイム)」ではなく「Newsweek(ニューズウィーク)」と歌っています。
妙ですね…
「TIME」って歌ったら、元ネタがバレちゃうからじゃないの?
でも「違法行為」だとか「逮捕」だとか「過激な司祭」だとか「週刊誌の表紙になった」なんて言葉を使っているんですから、すでにバレバレでしょう。
少なくとも、当時の一般的なアメリカ人にとっては…
そうね…
いったいどういうことなの?
ポール・サイモンが、タイム誌よりもニューズウィーク誌を愛読してたとか?
考え過ぎよ。
単純に「韻」を踏みたかっただけじゃない?
前のフレーズが「leak」で終わるんだから、ここは「TIME」じゃなくて「Newsweek」の一択でしょ。
確かに韻の問題もあるだろう。
だけど、もっと重要な意味があるんだよね。
「TIME」じゃなくて「Newsweek」にした理由が…
なにそれ?
歌詞については、順を追って説明しよう。
まずは『Me and Julio Down By the Schoolyard(僕とフリオと校庭で)』のミュージックビデオの構成から…
ミュージックビデオの構成、ですか?
何のために?
この曲は、そもそも1972年に発表されたポール・サイモンのソロ・アルバム『Paul Simon』に収録された作品で、同年にシングルカットされていた。
小説『LIFE OF PI(邦題:パイの物語)』の主人公パイのモデルになっているジャケット写真ですね。
著者であるヤン・マーテルは、このジャケット写真をもとに、パイの外見を描いた…
原作小説でのパイは、ポール・サイモンそのもの…
そうだったわね。パイはポール・サイモン。
原作小説におけるパイは、実は、インド人に偽装したユダヤ人だった…
だけどそのトリックは、そのまま映像化したら意味がなくなるものだから、映画版ではパイのルックスが大きく変更された…
その通り。
4,5時間前に聞いたことなのに、なんだか4,5ヶ月も昔のことのように思える…
これって、あたしだけ? 気のせいかしら?
いわゆるひとつのシンク・トゥー・マッチです。
なにごとも、考え過ぎは、よくありません。
そうね。きっと、あたしの考え過ぎ。
1972年に『僕とフリオと校庭で』がシングルカットされた際、ミュージックビデオは作られなかった。
作られたのは、それから16年後…
ポール・サイモンのソロ・ベスト盤が発売された1988年のことだ。
ずいぶんと後になって作られたものなのね。
そう。
ちなみに『僕とフリオと校庭で』は、1972年の発表以来、名曲ぞろいのポール・サイモンの作品群の中でも、特に人気が高かった。
パジャマ姿のお母さんが警察署に駆け込む場面から始まるというドラマチックなストーリーと意味不明の歌詞、そして思わず踊り出したくなるようなリズミカルな曲調…
一度聴いたら、忘れられないものだからね。
特にミュージシャンや作家で、この曲を大好きだと公言する人は多い。
きっとクリエーターの創作意欲を刺激する作品なんだろう。
こんな謎だらけの歌詞で?
何が言いたいんだか、わけがわからないじゃん。
過激な反戦活動で有名になった神父さんが元ネタになってるみたいだけど、別にそれっぽいメッセージをポール・サイモンがこの歌で訴えようとしてるようにも聞こえないし…
そうだね。歌詞を「そのまま」読むだけでは、わからない。
そのまま?
この曲には、とんでもない秘密が隠されている…
細部まで徹底的に作りこまれた、ソングライティングの神髄…
天才詩人ポール・サイモンの面目躍如とでも言おうか…
そうなの?
何が凄いんだか全然わからないんだけど。
だからポール・サイモンは、16年後、ミュージックビデオを作る際に、こう考えた…
歌詞読解の助けになるヒントを、MVの映像の中に散りばめようと…
散りばめられた歌詞読解のヒント?
MVの映像の中に?
だから「MVの構成」に着目しろと?
そう。
そして「阪神タイガースの帽子」も、歌詞を読み解くヒントの1つなんだ。
というか、最も重要なヒントと言っていいだろう。
あのMVの中でポール・サイモンは、なんとなく「阪神タイガースの帽子」を被っていたのではない…
ある目的のために、確信犯的に、被っていたんだ…
やっぱり…
それを踏まえて、もういちどMVを見てみることにしよう。
今度は、何が映っているのか、誰が映っているのか、注意深く見て欲しい…
しっかり見たわよ。
まず登場するのは、前フリ担当の二人組。
大阪の漫才コンビを真似てる若手黒人ラッパー二人組ね。
ボケ役のぽっちゃり系は、Biz Markie(ビズ・マーキー)です…
このMV出演の翌年、『Just a Friend』で大ブレイクしました…
そして、ツッコミ役の痩せてるほうは、Big Daddy Kane(ビッグ・ダディ・ケイン)…
この二人の掛け合いが終わると、軽快なイントロが流れてくる。
そうだね。
まず「schoolyard(校庭)」が映し出される。
校庭は柵に囲まれており、外の世界とは隔てられていた。
そういえば、なんだか『ライフ・オブ・パイ』のオープニングっぽい。
あっちは動物園だったけど。
そして、派手なグラフィティが描かれた壁をバックに、ポール・サイモンが登場する。
壁には「REALLY」という文字と「墓」の絵。
ポール・サイモンは、ピンクとオレンジの中間色のTシャツを着て、「阪神タイガースの帽子」を被っていた。
画面左手から現れ、まっすぐ右手へ歩いていく。
これも『ライフ・オブ・パイ』のオープニングじゃん。
「派手なグラフィティ」が「カラフルな象の壁画」…
「墓の絵」が「象の足」…
そして「REALLY(リアリー)」が「ANG LEE(アンリー)」…
画面左手から右手に歩く「ピンクのポール・サイモン」が「フラミンゴ」…
何なのよコレ…
こうして見ると、やっぱり『ライフ・オブ・パイ』はポール・サイモンなんですね。
小説版とは違った形で、ポール・サイモンが表現されています。
アン・リー監督が二度目のアカデミー監督賞を受賞したのも頷ける。
いろんな意味で映像化は不可能と言われていた『ライフ・オブ・パイ』を、ここまで見事に映画にしたんだからね。
しかも原作小説における最大のトリック「主人公パイは、悲劇のインド人ではなく、人を喰ったようなジョークが好きなユダヤ人」を損なうことなく…
さすがよね、アン・リー。
それじゃあ『僕とフリオと校庭で』に戻りましょ。
はい。
イントロでポール・サイモンが登場した後、校庭で遊ぶ子供たちが映し出される。
小学生から高校生、そして大人も交じって楽しそうに遊んでいた…
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?