第110話「深読み MY LITTLE TOWN(サイモン&ガーファンクル)前篇」
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2019年9月19日
スナックふかよみ
この歌は、二人の故郷ニューヨーク市クイーンズ地区を歌ったものではない…
歌詞を書いたポール・サイモンは、典型的な「信頼できない語り手」だ…
マ、マジで? どういうことなの?
『ライフ・オブ・パイ』の主人公パイが嘘つきなのは…
モデルがポール・サイモンだから…
まさに、この歌のように…
く、詳しく教えてよ、岡江クン!
いいだろう…
では改めて、サイモン&ガーファンクル最後のオリジナル曲『MY LITTLE TOWN(マイ・リトル・タウン)』を聴いてほしい…
歌詞によく注意して…
うーん…
いまいち歌詞が聞き取れないわ…
こっちなら、何を歌っているのかわかりやすいです。
ホントだ…
確かに、ちょっと妙な歌詞だわ…
汚れた風の中でシャツを干すとか…
虹の色が「黒」しかないとか…
街には死んだ人と死ぬ人しかいないとか…
銃のトリガーを引く指のように震えてるとか…
何この歌…
でしょ? なんか、病んでるっぽくない?
故郷の想い出にしては、ちょっと暗すぎるわ。
二人が少年時代を過ごした頃のニューヨーク市クイーンズ地区が、工場による環境汚染と、貧困によってギャング団が蔓延るような荒んだ街だったとか?
かつての川崎や尼崎みたいに…
そこで暮らしながら、いつかこの街から這い上がろうと心に決めていた…
そんなことはないよ。
ポール・サイモンもアート・ガーファンクルも、かなり恵まれた幸福な少年時代を過ごした。
あの歌詞は「嘘」だからね、全部。
わざとポール・サイモンは、あんな歌詞を書いたんだ。
ちょっとした「いたずら」というか「原点回帰」のために…
いたずら? 原点回帰?
S&Gが1970年に発表した『Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)』は、当時のレコード売上の世界記録を樹立し、二人はポピュラー音楽界の頂点に立った。
1983年にマイケル・ジャクソンが『スリラー』で抜くまで、S&Gの『明日に架ける橋』が世界で最も売れたレコードだったんだ。
しかしS&Gは、人気絶頂のさなかに別々の道を歩み始め、事実上「解散」状態になってしまう…
二人はそれぞれ結婚して、それぞれの家庭を中心にした生活を送り、それぞれがソロ・アルバムを作るという年月がしばらく続いた…
『明日に架ける橋』があまりにも大ヒットし過ぎて、逆にやりづらくなっちゃったのかしら?
もう、あれ以上のものは作れないって…
あれ?
なぜポール・サイモンは、他人事のように後ろで座ってるのでしょうか?
自身の最高傑作で、S&Gの代表曲なのに…
ネタですよ…
ネタ?
ポール・サイモンが作った『明日に架ける橋』は、アレンジャーの手によって、当初とは全く違う形で大ヒットしてしまった…
まるで「歌:アート・ガーファンクル(作:ポール・サイモン)」みたいな感じで…
当時ポール・サイモンは、半分冗談で、そして半分本気で、こう言っていたらしい…
「あれは僕の歌なんだけど」
だから再結成した際のコンサートで、あんなふうな態度を取っていたというわけ…
「君の歌でしょ?僕は必要ないよね」みたいな…
なるほど…
ポール・サイモンの、辛口のユーモア、ブラックジョークってわけですね。
ポール・サイモンって、おもしろいの…
あたし、彼のこと、とっても好き…
さすが毒舌コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』の初期レギュラーメンバー…
そういえば、柴門文代さんって本名なんですか?
もしかしてポール・サイモンのファンだから名乗っている名前とか?
・・・・・
いったい柴門さんって、何のお仕事をしてらっしゃるんですか?
もしや女優さん? それとも実は、名のある作家さんとか?
うふふ。それは、ひ・み・つ(笑)
・・・・・
・・・・・
ほらほら岡江クン。ボーっとしてないで、話を続けて。
あ、うん…
さて、それぞれ結婚し、家庭を中心にした生活に入り、ソロ活動を始めた二人だったけど、1975年に転機が訪れる…
二人とも、ほぼ同時期にパートナーとの関係が破局し、離婚してしまうんだ…
え?
二人が絶頂期にあったS&Gの活動を辞めてまでして手に入れた幸せな生活は、長くは続かなかった…
それぞれソロ・アルバムの売上も好調で、仕事は上手くいっていたんだけど、二人とも私生活の面では安定しなかったんだね……
そんな状況の中で、ポール・サイモンはアート・ガーファンクルに提案をする…
久しぶりにS&G名義で新曲を出してみないかと…
それが『MY LITTLE TOWN』だ。
ウィキペディアに面白いことが書いてあるわ。
ポール・サイモンは、アート・ガーファンクルにこんなことを言ったそうね…
「君は甘ったるい歌ばかり歌っている。だから僕が nasty song をプレゼントするよ。これを歌ってみる気はないかい?」
「nasty song」って?
「たちの悪い歌」とか「毒気のある歌」という意味です…
たちの悪い、毒気のある歌?
なにそれ…
やっぱり『MY LITTLE TOWN』は「ただの歌」じゃないってこと?
ポールの挑発めいた提案に対し、アートはこう答える…
「おもしろいね。いいだろう。ちょうど次のアルバムには、いろいろな歌を入れようと思っていたんだ。もちろんポールの作ったこの歌が、最も興味深いものになるだろうけど…」
こうして『MY LITTLE TOWN』は録音され、久しぶりにS&G名義でシングル盤がリリースされ、それぞれのソロ・アルバムにもS&G名義で収録された。
アートの「この歌が最も興味深いもの」って返事、ちょー意味深じゃん…
明らかにポールの「たちの悪い、毒気のある歌」という言葉に対して言ってるわ…
その通り。
そもそもポール・サイモンのソングライティングは「nasty」が基本ベースにある。
一見、美しく聞こえる歌でも、その歌詞の中には、かなりブラックなユーモアが隠されているんだ。
巧みな言葉遊びやダジャレ、ジョークを駆使してね…
S&Gの魅力は、知的で毒気あふれる天才詩人ポールの書く歌詞と、天使の歌声アートのハーモニーの美しさが、ミックスされ化学変化を起こすところにあった。
まさに『MY LITTLE TOWN』は、そんなS&Gの原点ともいえる「nasty song」なんだ。
そう言われて歌詞を改めて考えてみると、確かに「ただの歌」じゃないですよね…
曲調はポップですけど、出だしから内容はかなりヘビーです…
In my little town
I grew up believing God keeps His eye on us all
僕の小さな街で
僕は神を信じながら成長した
神は常に僕らを見ていると信じながら
なんだか… 歌いたくなっちゃった…
へ?
ねえ、ジョー。一緒に歌わない?
S&Gっぽく、デュエットしようよ…
デュエット?『MY LITTLE TOWN』をですか?
何言ってるの?
あの歌よ、あの歌…
あ… あの歌ですか…
はい…
確かに『MY LITTLE TOWN』の出だしと、ユーミンの『やさしさに包まれたなら』の出だしは似てる。
どちらも「小さい頃は神様がいて」だから(笑)
ちなみにユーミンの『やさしさに包まれたなら』は、クリストファー・ノーランの『インターステラー』の元ネタだ。
たしかにマーフちゃんには、小さい頃に「神さま」がいて、毎日「愛」を届けてくれたわ。
そして「カーテン」を開いて「静かな木漏れ日」の中で「父」は我が子に「愛」のメッセージを伝えた…
はいはい。脱線は、そこまでにしましょ。
すみません、つい…
この歌は、深読み探偵学校の第二校歌みたいな存在なので…
うふふ。おもしろい学校だこと(笑)
話を戻します…
確かに『MY LITTLE TOWN』の冒頭は「小さい頃は神様がいて」みたいですが、それ以降のフレーズは、まったく雰囲気が異なりますよね…
And He used to lean upon me
As I pledged allegiance to the wall
Lord I recall my little town
神の存在は僕に重くのしかかった
僕が「壁」に忠誠の誓いを立てる時…
主よ、僕はあの小さな街のことが頭から離れない
忠誠の誓いを立てた「壁」って何?
そういう壁が二人の故郷クイーンズにあったの?
この歌は「ニューヨーク市クイーンズ地区」を歌ったものではない…
歌詞のどこにも「ニューヨーク」なんて書かれていないだろう?
じゃあ、いったいどこのことなのよ?「マイ・リトル・タウン」ってさ。
よく考えてごらん。
神への忠誠の誓いを立てる「壁」といえば、誰でも知ってる有名な「壁」があるよね…
神に祈りを捧げる「壁」が…
ん?神に祈る有名な壁?
嘆きの壁?
その通り。ここで歌われる「壁」とは「Wailing Wall(嘆きの壁)」のことだ。
マジで?
そ、そうなんですか?
別に驚くことはないだろう。
ポール・サイモンもアート・ガーファンクルも、ユダヤ人家庭に生まれ、ユダヤ人コミュニティで育ち、ユダヤ人として教育された。
彼らにとって「嘆きの壁」は特別なもの…
それでは、この歌で歌われる「MY LITTLE TOWN」とは…
二人の故郷「ニューヨーク市クイーンズ地区」のことではなく…
もしや…
二人にとって「魂」の故郷…
Jerusalem(エルサレム市)の the Old City(旧市街)のことだ。
ホントに?
次の歌詞を見れば、よくわかるよ。
Coming home after school
Flying my bike past the gates
Of the factories
学校が終わると自転車に飛び乗って
工場のゲートをいくつも通り過ぎた
どこが?
不自然な歌詞だと思わないかい?
「いくつものゲートを通り過ぎた」って…
そう言われれば、そうかも…
なんでゲートなんだろ?「いくつもの工場の前を通り過ぎた」でいいのに…
「gates」という言葉を使いたかったんだよ、ポール・サイモンは…
あっ!わかりました!
「いくつものゲート」とは…
エルサレム旧市街地の「8つのゲート」のことでは…
そういうこと。
ポール・サイモンは「ニューヨーク市クイーンズ地区」のことを歌ってるふりして「エルサレム旧市街地」のことを歌っていたんだね。
これって『ライフ・オブ・パイ』の主人公パイが…
「インドの故郷ポンディシェリ」の話をしてるふりして「エルサレム旧市街地」の話をしてたのと同じじゃん…
街が「インド人地区・キリスト教徒地区・イスラム教徒地区」に区切られていたって…
パイが、少年時代に過ごした「故郷」の話に偽装して「エルサレム旧市街地」を語ったのは、ポール・サイモンの『MY LITTLE TOWN』が元ネタってことですか…
だね。
さて、ポール・サイモンは「故郷」について、こう畳み掛ける…
My mom doing the laundry
Hanging our shirts
In the dirty breeze
洗濯をしているママ
僕らのシャツを干している
よごれたそよ風の中で
ここもなんか引っ掛かるわ。何かありそう…
ここは「言葉遊び」だ。
わかるかな?
言葉遊び? どういうこと?
全然わかんないんだけど…
「dirty breeze」って表現、気になりますね…
なぜ、きたない「そよ風」なんだろう…
「breeze」という単語を使いたかったんだよ。
駄洒落としてね…
ダジャレ?
「breeze」は、同じ「ブリーズ」という音の「bleeds」の駄洒落…
「dirty bleeds」で「よごれた血が流れる」という意味になっているわけだ…
ああ、そうか!
じゃあその前の「shirts」は…
「shirts」は、同じ「シャツ」の「shots」…
「銃撃」という意味だね。
全然「洗濯」の話じゃないじゃん!
そうだよ。
そもそも「doing the laundry」の「laundry」は「land」のことだろう…
「land」は名詞では「土地」、動詞では「手に入れる」という意味…
土地を手に入れるため、銃撃し、よごれた血が流れる…
なんてこった…
エルサレム旧市街地の歴史じゃないですか…
『ライ麦畑でつかまえて/キャッチャー・イン・ザ・ライ』のホールデン君や、『日の名残り』の執事スティーブンスも顔負けの「信頼できない語り手」ぶりだよね。
さて、ポール・サイモンの「故郷の歌」は、まだまだ続くよ…
つづく
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