「深読み INCEPTION(インセプション)①」(第199話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
~♫~♪~♫~
(鳴り響く音楽)
違う…
この曲はエディット・ピアフの『Non, je ne regrette rien』ではない…
じゃあ何?
これは『The Last Waltz』…
Engelbert Humperdink(エンゲルベルト・フンパーディンク)の『ラスト・ワルツ』だ…
ラスト・ワルツ?
なぜか遅い回転数で再生されているけど、間違いない…
ああ、言われてみれば確かにエンゲルベルト・フンパーディンクですね…
私が幼い頃、家で母がよく聴いていました…
有名な歌手なのですか? そのエンゲルなんとかって人は?
有名どころではありません…
1967年には、イギリスで最もレコードを売ったアーティストに輝きました…
あのビートルズやストーンズ、そして国民的歌手トム・ジョーンズを抑えて…
UKチャートのトップ10に、年間50週のうち35週もランクイン…
もし当時のイギリスに『ザ・ベストテン』があったら、ほぼ毎週出続けるみたいなものですね…
すごい…
主婦層に絶大な人気を誇ったんですよ…
甘いマスクと歌声、そして異国情緒あふれる名前もあって…
そういえば「エンゲルベルト・フンパーディンク」って、全然イギリス人っぽくない名前よね。
ドイツ語の名前です。
じゃあドイツ人なの?
いえ。インド生まれインド育ちで、少年時代に家族と共にイギリスへ渡りました。
は?なにそれ?ドイツは関係無いじゃん。
「エンゲルベルト・フンパーディンク」は芸名ですから…
彼の本名はアーノルド・ジョージ・ドーシーといいます…
本名で活動してた間は鳴かず飛ばずだったのに、プロデューサーのアイデアでドイツ語の名前に改名した途端、大ブレイクしたのです…
当時は、これから売り出すアーティストに異国風の芸名をつけるのが流行っていたんですよ…
全然関係ない外国語の名前に改名しただけで売れちゃうんですか?
同じく1967年に『a whiter shade of pale(青い影)』を大ヒットさせたバンド「プロコル・ハルム」も、そう…
The Paramounts(ザ・パラマウンツ)という名前で活動してた間はまったく売れなかったけど、ラテン語の「Procol Harum」に改名して大ブレイク…
英訳すると「Beyond these things」という意味ね…
外国風の名前に改名すると大ブレイクする…
そんなブームがあったんですか…
ローザ・ルクセンブルクとかユースケ・サンタマリアみたいなものかしら。
あと、ケラリーノ・サンドロヴィッチとか。
まあ、そんなところですね…
ちなみにこれがエンゲルベルト・フンパーディンクの『ラスト・ワルツ』です…
たぶんどこかで一度くらいは聴いたことがあると思いますよ…
あ、確かに聴いたことあるかも。尾崎紀世彦や加山雄三も歌ってた気がする…
舞踏会で踊る最後のワルツと、終わりを迎えた男女の恋愛を重ねているんですね…
「このラスト・ワルツが永遠に続けばいいのに」と…
そうです。
だから最後の「ラララ」の部分は、最後まで歌われずに途中で終わるのです…
不安定な音階で、聞き手に結末を委ねるような形で…
あの終わり方は、どう考えても「ラスト・ワルツは終わる」でしょ?
永遠に続くワルツなんて有り得ないもん。
その通り。
人って、何かに夢中な時は「これが永遠に続けばいいのに」なんて思ったりもするけど、冷静に考えてみれば、それはとっても恐ろしいことよね。
いくら楽しくて幸せなことでも、それが本当に永遠に続いたら、どう思う?
たぶん、最初はいいけど、だんだん苦しくなると思うわ…
未来永劫同じってことでしょ?
そうなったらもう悪夢よね…
何かが永遠に続くってことは、他の何かが永遠に始まらないってこと…
人は、神ではないから、永遠には耐えられない…
いざ永遠を手にしたとしても、しばらくしたら誰もが「終わってくれ」と願うはず…
終わりがあるから、始まりがある…
哲学的ですね。深いなあ…
・・・・・
ん? 岡江さん、どうしました?
・・・・・
お、岡江さん!?
来たか…
ブツブツ…ブツブツ…
ど、どうしたんですか? しっかりしてください!
ブツブツ…ブツブツ…
教官、入っちゃいましたね…
入った?
ブツブツ…ブツブツ…
これは完全に入っちゃったわ…
「入った」って、どこに?
超深読み領域よ…
もう閉店時間だっていうのに困ったわね…
何ですか、その「超深読み領域」とは?
深読みの、さらに深い領域…
あるキッカケによってスイッチが入ると、深読み探偵は、潜在意識の最深部である「超深読み領域」に突入するの…
潜在意識の最深部?
そこでは、普段は眠っている潜在能力のすべてが解き放たれるのよ…
そうなったらもう、誰も止められない…
スポーツ選手とかアーティストが言うところの「ゾーン」ってやつですか?
そう。そんな感じ…
岡江クンはゾーンに入っちゃったのよ…
ブツブツ…ブツブツ…
しかしなぜ今このタイミングで?
いったい何がキッカケでスイッチが?
それはわからない…
彼が戻ってくるまで待つしかないわ…
深読み探偵に、そんな能力が隠されていたとは…
もしや、奴はそれを恐れて…
・・・・・
ブツブツ…ブツブツ…ブツブツ…ブツブツ…
ブツブツ…ブツブツ…ブツブツ…
ブツブツ…ブツブツ…
ブツブツ…
…
ハッ!
あっ!教官が戻って来た!
おかえり岡江クン。
あれ?僕はいったい…
行っちゃってたわよ。超深読み領域に。
そうか… やはりそうだったのか…
なぜこのタイミングで? いったい何がキッカケで超深読み領域に?
ラスト・ワルツですよ…
ラストワルツ?
エンゲルベルト・フンパーディンクの『ラスト・ワルツ』…
あの曲で、すべての謎が解けました…
モヤモヤと覆っていた霧が消え去り、すべてがクリアになったのです…
霧が晴れた? 何の話でしょうか?
インセプションですよ…
Christopher Nolan の映画『INCEPTION』…
は?
僕は以前、あの映画の謎に挑みました…
特に、議論を呼んだラストシーンの意味について…
最後にコマが回って、はたしてこれは夢か現実か、ってやつですね。
ええ。
あのコマには何の意味もなく、ラストシーンも夢の中である…
そこまではわかったのですが、残念ながら、それを実証することは出来ませんでした…
だけど今、すべての謎が解けたのです…
エンゲルベルト・フンパーディンクの『ラスト・ワルツ』によって?
はい。
そもそも僕は『インセプション』を深読みする際に、「ワルツ」の存在を忘れてしまっていました…
クリストファー・ノーランの作品にとって、「ワルツ」は最重要のモチーフ、彼の世界観を読み解く鍵だというのに…
ワルツがノーラン作品の鍵?
彼の映画でダンスシーンなんてありましたっけ?
直接的には描かれません…
しかし「ワルツ」は様々な形で作品の中に落とし込まれているのです…
本当に?
ワルツの基本パターンを見ればわかります…
どのように動いているでしょうか…
男女が回転しながら大きな円を描いています…
まるで恒星の周りを周回する惑星の、自転と公転のように…
その通り…
実際に踊る際はリバース(逆回転)を加えて複雑化させますが、基本形のワルツの動きは、ペアが時計回りに速く回転しながら、ゆっくりと反時計回りに移動して大きな円を描きます…
これって、何かに似てませんか?
『インセプション』で何度も描かれましたよね…
回した直後の…
コマの動き…
ですね。
あのコマは卓上を「ワルツ」のように動いていました。
・・・・・
そして、大きな円運動のあとは一ヶ所に落ち着いて回り続け…
最後は止まったり、止まらなかったり…
嘘を言っちゃいけないよ。
止まらないコマなどない。すべてのコマは、いつか必ず止まる。
でも、夢の中では止まらなかったでしょ?
永遠に回り続けるコマの描写なんて、映画の中にあったっけ?
え?
だってサイトーの城の中では…
それは、そう思い込まされただけ。
ただ他の場所よりも長時間回っていただけに過ぎない…
どういうこと?
簡単なトリックだよ…
劇中におけるコマの回転持続時間の違いは…
単純に「コマが回るテーブル表面の状態の違い」によるものだ…
テーブル?
コマが長時間回っていたサイトーの城のテーブルは…
天井の照明がくっきりと映るほど完璧に磨き上げられていた…
まるで鏡のように…
あっ…
確かにこんなテーブルなら、コマは安定し、長時間回り続けます…
そして、コマが短い時間しか回らなかったシーン…
アジトでトレーニングをしていた際、主人公ドムは夢から戻ると、奥の部屋でコマを回し、そこが現実の世界かどうかチェックしていた…
そのテーブルの表面は、小さな凹凸が無数にあるザラザラしたもの…
ホントだ…
これではコマが断続的に小さな衝撃を受けることになり、バランスを崩します…
そして問題のラストシーンのテーブル…
一見、サイトーの城のテーブルのようにツルツルに磨かれてるように見えるけど、そうではない…
反射はボンヤリとしてるし、よく見ると木目の筋が無数に走っている…
特に、回転するコマのすぐ近くには、ハッキリと見えるほどの大きな筋が…
うそ!? あんな凹凸があったなんて…
それで最後にバランスを崩したような音がしたんですね…
うふふ…
何がおかしいんですか?
きっと深読み探偵さんは…
描かれなかったラストシーンの続きを、こう考えている…
続き?
あのあとにコマは…
筋に沿ってテーブルの縁の方へゆっくりと移動し…
縁の手前で大きくバランスを崩し、最後はテーブルから落ちると…
コマがテーブルから落ちる?
それに何の意味があるんですか?
とっても大きな意味があると思うわよ…
この映画にとっては…
は?
さすがですね。その通りです…
ええっ!?
やっぱり同じこと想像してた(笑)
だって、もう、そうとしか思えないでしょう…
あんなテーブルを見せられたら…
そうよね。あのテーブル…
もう、そうとしか思えない(笑)
ふたりで何の話をしてるの?
かなり込み入った話なので、順を追って説明しよう。
込み入った話?
ちょっと待って。もう朝の7時…
閉店時間をとっくに過ぎてるんだけど…
閉店時間? それが何か?
ハア… 何でもない…
聞いたあたしがバカだったわ…
もう、気が済むまで、どうぞ…
それではまず、ラストシーンがまだ夢の中だということについて、簡単に整理しておこう。
あの映画の表向きのストーリーは、世界のエネルギー産業の半分を牛耳る巨大コンツェルン FISCHER MORROW の御曹司ロバート・フィッシャーに、「父の築き上げた帝国を解体する」というアイデアをインセプション(植え付け)することだった。
ちなみに創業一族の苗字「FISCHER」とは、ドイツ語で「漁師」という意味…
「FISCHER MORROW」で「夜明けの漁師」という意味だ…
あれはドイツ語の名前だったのか…
そして、一代で帝国を築き上げたロバートの父モーリスは、オーストラリアで病気療養していた…
これはおそらく彼らのルーツが、ドイツからオーストラリアへの移民であることを意味している…
確かモーリス・フィッシャーのモデルは、オーストラリア出身のメディア王ルパード・マードックだったわよね?
その通り。
モーリスの葬儀が故郷のオーストラリアではなくロサンゼルスで行われたのは、モデルのルパード・マードックがアメリカ国籍を取得してアメリカ人になっていたからだ。
ちなみに、フィッシャー社の巨大化に並々ならぬ危機感を抱いていた日本人「サイトー」のモデルは、誰だかわかるかな?
SAITO(Ken Watanabe)
渡辺謙が演じたサイトーにも、モデルがいるんですか?
もちろん。
フィッシャーにモデルがいるんだから、サイトーにもいると考えるのが普通でしょ?
そうですけど…
ルパード・マードックのライバルって、いったい誰だろう…
もしかして…
同じワタナベさんの、あの人?
は?
その通り。
読売新聞社グループの代表である渡邉恒雄だ。
ええ!? 同じ「ワタナベ」だからって理由ですか?
苗字だけじゃない。
読売新聞は発行部数世界ナンバー・ワンを誇り、「世界のヨミウリ・グループ」になることを目指していた…
だけど、欧米の様々なメディアを手中に収めていたルパード・マードック率いるニューズ・コーポレーションには、まったく追いつけなかったんだ…
さらにルパード・マードックは、読売グループのホームグラウンドである日本市場も狙っていた…
思い出した。テレビ朝日買収騒動ね…
日本のメディア界は「黒船来襲!」って大騒ぎになったわ…
その通り。
そしてサイトーの会社は「PLOCLUS GLOBAL」という。
PLOCLUS(プロクロス)とは、ギリシャの哲学者の名前…
哲学者の名前が会社名? なぜだろう…
ナベツネさんは、東大に入り、哲学科へ進んだ…
哲学者になることを目指して…
マジですか…
まだあるよ、サイトーとナベツネさんの共通点は…
ロバート・フィッシャーが雪山の要塞に侵入する際、同行したのはサイトーだったよね?
はい。なぜかサイトーでした。とても危険な任務なのに…
あれはナベツネさんの若き日の武勇伝が元ネタだ。
武力革命を目指す共産党過激派が隠れ住んでいた山奥のアジトを突き止めたナベツネさんは、大スクープを狙ってそこに侵入しようとした。
しかし過激派メンバーに見つかってしまい、アジトの中で殺されそうになる…
だけど寸前のところで奇跡的に解放されたんだ…
なんと… サイトーそっくり…
キャラクターのモデルの話はこれくらいにしておこう。
さて、映画ではサイトーに雇われたチームが、巨大帝国の御曹司ロバート・フィッシャーにインセプションする過程が描かれる。
だけど本当のインセプションのターゲットは、ロバート・フィッシャーではなく、レオナルド・ディカプリオ演じる主人公ドム・コブだった…
ドム・コブは、夢に憑りつかれた妻モルを自殺させてしまったという罪悪感から、過去の想い出の中に引き籠ってしまっていたのよね…
その通り。現実を直視できないドムは、夢の中へ逃避してしまっていた。
そんなドムの頭の中に「赦し」というアイデアをインセプションし、ロサンゼルスの自宅まで連れてくることが、本当の筋書きだったわけだ。
計画したのは、おそらくモルと、父であるマイルス教授…
映画の中で「現実世界」に見えていたところが、実は「夢の第1階層」にあたる。
しかし、マイルス教授を演じたマイケル・ケインは、とあるインタビューで、自分が出演しているシーンは「現実」だと語ったといいます…
主人公ドムのトーテム(目印)も、コマではなく「結婚指輪」だと…
脚本を書いたクリストファー・ノーラン本人から、そう聞いたとか…
そんなこと真に受けちゃいけないよ。
え? でも脚本を書いた本人が言ったことだと…
だから余計に信じちゃいけないんだ。
誇り高き天才肌のイリュージョニストであるクリストファー・ノーランが、わざわざ自分でタネ明かしすると思う?
あっ…
ボブ・ディラン、ポール・サイモン、トム・ウェイツ、J・D・サリンジャー、ジャック・ケルアック、カズオ・イシグロ、村上春樹、コーエン兄弟、ポール・トーマス・アンダーソン、米津玄師、そしてクリストファー・ノーラン…
この手の人たちが自分の作品について語ることを真に受けてはいけない。
本心を語ることなど限りなくゼロに近いし、たとえ語ったとしても、それは細心の注意をもって語られるはず。
そうでした…
渾身の物語を書いた本人が「教授の出演シーンはすべて現実で、主人公ドムの結婚指輪が本当の目印です」なんて身も蓋もないネタバレをするわけがないだろう…
明らかにノーランは、親友のマイケル・ケインに誤情報をリークさせ、観客やファンを右往左往させて楽しんでいる。
だけど「結婚指輪」の件は、ホントっぽく思えるんだけど…
確かにディカプリオは、夢の中だけ指輪をしているように見える…
やれやれ…
え?
世界中の多くの人が、こんな単純なトリックに騙されるとはね…
トリック? これも嘘なの?
もちろん。コマ同様に結婚指輪もトーテムになり得ない。
ちょっと考えればわかることなんだけど…
そうなんですか?
それに、そもそもマイケル・ケイン演じるマイルス教授は、映画の中で「答え」を言ってしまっている…
彼の台詞をよく聴けば、すべてが夢の中であることは明らか…
こ、答えを?
どういうことでしょうか?
では解説しよう…
つづく
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