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戦友だった私たち。彼女は家庭を手に入れて、私はキャリアを手に入れた

大学の広いキャンパスにあるラウンジで、隣同士で午後の紅茶を飲みながら笑っていた私たちはいつの間にか違った人生を歩んでいた。


数年振りに大学時代の友人と再会した。

大学時代の彼女はとても行動力のある人で、大学のサークルでリーダーをしながら学生と社会人が集まって面白いことをする全国的な団体のリーダーもしていた。団体の仲間がたくさん居て、よく数百人規模のイベントを開催しては全国を飛び回っているような人だった。まさに「意識高い学生」そのもののような人だった。
そんな彼女を私はとても尊敬していて彼女の活動を応援していた。

私自身も他大学の友人とつるんでは学生団体やらボランティアによく参加する大学生で、他人から見れば「意識高い学生」の一人であった。
そのため彼女と私は価値観が近い戦友のような関係だった。


大学3年生にもなると、まわりの空気が就職活動の色に染まりつつあった。当然、彼女も私も就職活動について話すようになっていた。彼女のまわりの人間は、「あの子は絶対どこかのベンチャー企業や大手企業に就職して東京に行くね」と言っていた。私もそうだろうなと信じて疑わなかった。


私ね、山口に帰るんよ

季節は大学4年生の6月になった。
少しずつ優秀な人間に内定が出る頃だった。


「私さ、内定が出たよ」


彼女が言った。
私は少し驚いた後にあ...やっぱりと思いながら「そうなんだ、おめでとう」と笑顔で言った。

その頃の私は就職活動が上手くいかずに踠いていた。私のまわりには優秀な人達がとても多かったので自分一人が置いていかれたような感覚になっていた。季節が進めば進むほど大学で人と会うのを避けるようになって講義に出るのが億劫に感じていた。
優秀な彼女と顔を合わせるのも本音を言えば後ろめたかったのだ。


東京のかっこいいベンチャー企業かな、彼女なら有名な大手企業かもしれない。
そんなことを思いながら「どんな会社に行くの?」と聞いてみた。


「山口の地方銀行。私ね、山口に帰るんよ」


その瞬間にえ?と口から漏れていた。
え、東京に行くんじゃないの?

そう聞くと彼女が少し申し訳なさそうな顔をして言った。


「みんなにも同じような反応された。私自身も自分は絶対東京に行くと思ってたよ。でもなんか違ったんよね。私は山口が好きじゃけえね、帰りたくなったんよ」


彼女が地元の山口県を好きなのは知っていた。
山口弁を恥ずかしく思うこともなく堂々と口にしたり、地方から出てきた学生として必死にアルバイトをして一人暮らしをしていた。アルバイトを掛け持ちして必死だった私と「貧乏学生はつらいよ」とバイトあるある話で盛り上がったこともたくさんあった。

だが、それくらいだと思っていた。
よくある「地方から上京して東京でバリバリ働くサクセスストーリー」を彼女は歩むのだろうと勝手に思い込んでいたのだ。


私が驚きの表情を隠さずにいると彼女は「何が一番大切か分かったんよね。私はさ、やっぱり帰りたいなぁって思ったんよ」と笑っていた。

彼女の笑顔はどこかすっきりしているような顔だった。


私は人事として西日本を出張で飛び回る一種のキャリアウーマンになっていた

一方で私は就職活動が上手くいかずに焦っていた。

私は8月になっても内定が出ずに就活鬱の一歩手前になっていた。
そんな時に社会人の先輩として色々なアドバイスをしてくれるとある企業の人事の方と出会った。その企業には選考で落ちていたが、悩む私を見かねてその人事の方は真摯にアドバイスをしてくれた。そのお陰で私は徐々に元気を取り戻しつつあったのだ。

そんな頃に別の企業から内定をもらって営業職として入社することになった。喜んでいたらその企業の採用担当者から「営業ではなく人事として働いてみませんか?」と打診があり、人事の新卒採用担当者として入社することになった。

アドバイスをくれた人事の方にその旨を伝えると「これからはライバルですね」と言われ、なんとも不思議な縁を感じた。そして私は人事として西日本を出張で飛び回る一種のキャリアウーマンになっていた。

しかし3年目に入ったところで今後のキャリアに疑問を持ち、何か新しいことに挑戦しようと働きながらWebデザイナーの専門学校に通うことに決めた。1年が過ぎ、専門学校を卒業してWebデザイナーとして転職した私は毎日デザインを作りながら、いつかはフリーランスとして自由に働きたいなとぼんやり考えていた。


そんな時に彼女から連絡が入った。


「旦那の転勤でそっちに住むことになったよ。今度お茶でも行かない?」


大学を卒業して数年振りに彼女と再会することになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


彼女は大学卒業後、山口に帰り地元の地方銀行に就職した。3年程して地元の人と結婚して寿退社し、娘を出産して母親になっていた。
結婚も娘が生まれたことも知っていたが、私の中での彼女は大学生の頃のあの行動力溢れる彼女のままだった。

娘は旦那に預けてきたから、と言って夜の居酒屋で落ち合うことにした。
そして自然とお互いに近況報告をぽつりぽつりと話していった。


就職してすぐに人事として働いたこと
働きながら専門学校に通ってWebデザイナーとして転職したこと
後々はフリーランスとして独立したいと準備していること
思い出話をするかのように話した。

彼女は「やっぱりOkakiちゃんはすごいね」といいながら笑ってくれていた。

彼女も少しずつ話してくれた。

銀行時代にとても嫌味なお局様が居たこと
結婚して娘ができて育児で大変だけど幸せなこと
たまにスーパーの試食係として働いては田舎はのんびりだなぁと感じること

「私なんてスーパーでウインナー売ってるよ」とケラケラ笑いながら言っていた。


私たちはお互いに相手の生き方を切望していた

お互い、とても変わった。
大学時代なんてほんの昨日のことかのように思えるのに。

大学のキャンパスのラウンジで午後の紅茶を飲みながら「社会人になって働き出したら私らどうなってるんじゃろねぇ」なんて言い合っていた私たちはお互いとても変わったのだ。


彼女は幸せそうな家庭を手に入れて
私は専門職という一つのキャリアを手に入れた。


そしてお互い痛いほど分かった。
私たちはお互いに羨ましいなと相手の生き方を切望していた。


「東京に行かずに地元に帰ったことを後悔はしてない。早く結婚したかったし娘も生まれて嬉しいと思ってる。でもたまに思うんよ、娘のことで手が一杯でね、娘を取ったら今の私には何にも残らんのかもしれんって。すごく怖くなる。私も自分で何かをできるキャリアを持ってから出産したりすれば良かったかもしれんね。Okakiちゃんはすごく輝いて見えて羨ましいよ」


私はいつも彼女には勝てないと思っていた。
私の欲しいと思うものはいつも持っていたし私なんかよりとても輝いていた。
たくさんのイベントを主宰したりたくさんの人に囲まれているキラキラした人だった。


事実、私が持っていない幸せを彼女はいま持っている。
そして私も彼女が持っていない幸せを持っているのだ。


今まで何度もお互い弱音や自分の無力感を吐露したことはあった。
だけどいつも彼女の弱音の向こうには道が見えていた。その道をどう進もうかという方法についての弱音だったから「そうだね、そうだね」なんていいながら知恵を出し合っている形だった。

だけど今回の弱音は何か違った。
どちらも幸せなはずなんだ、だけどどうしてだろう。
言葉で説明しようとすると難しいこの不安定さはなんだろう。


でもさ、あなたは幸せな家庭があるじゃない。
私はそれがすごく羨ましいよ。
私には無いものだよ、素敵だよ。


私はこう返したが自分でも分かっていた。
違う、そうじゃないんだよね。
彼女が「でもあなたは素敵なキャリアを持ってるじゃない」と言われたら私も同じことを思うはずだからだ。


そうじゃないんだよね、分かってる。

結局はどこまで行っても無いものねだりで、隣の芝生は青く見えるのだ。


分かっていても、ほんの少し寂しかった。


ほんの少し、どこか寂しくて切なく思ってしまう私を今だけどうか許してほしい

同じ価値観で戦友のような私達は少しずつ変わっていった。


彼女は家庭を手に入れて
私はキャリアを手に入れた。


どちらが正解で、どちらが不正解とかそんなものは無いのだ。
だからこそ私たちはお互いを羨ましがって、その生き方を切望する。

そして人生とは続いていくもので、
彼女は今後キャリアを手に入れるかもしれないし
私も素敵な家庭を手に入れるかもしれない。

人生とは未知数なのだ。
それゆえに期待もするし報われなかったりする。
そんな当たり前のことを考えながら彼女の話を聞いていた。


戦友のような彼女は、私とは別の道を選択した。
それは私がもしかしたら選んだ未来かもしれないし、今のように選ばなかったのかもしれない。どこかで私は、私と同じような道を選んで切磋琢磨できる仲間が一人減って寂しかったのかもしれない。

それでも彼女は素敵だった。キラキラしたオーラは優しく温かいオーラに変わっていた。
変わっていくことは素敵なことだ、それはその人が何かに挑戦していっている証だからだ。
事実、彼女は再び地元を離れて初めての育児に奔走していた。
その変化を受け入れて応援するのが真の戦友というものだ。


変わっていくことは素敵なことだ。


だけどほんの少し、どこか寂しくて切なく思ってしまう私を今だけどうか許してほしい。
もしかしたら彼女も同じように考えているかもしれない。


お互い変わったね、でもさ、まだまだこれからだよ。


そんなことを思いながら私は注文したピーチウーロンを眺めていた。




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