【不登校行き渋りは誰が悪いのか?】学校と先生と子どもとわたし…小学生の母の独り言…
*本日もお立ち寄り下さりありがとうございます♪
タイトルに率直に答えてみます。
「誰も悪くない」
と思います。
行き渋りのうちの娘を始め、不登校、学校が嫌な子はかなりたくさんいると思います。
理由もそれぞれだとは思います。
学校も職場もそうだけど、人の繋がりって「縁」でしかなくて。
友達だって、自分で選んでいるように思えますが、実は、とても狭い世界で出会ったほんの一握りの人との縁。
私たちは世界中のほんのわずかな人との出会いの中でしか、生きていません。
それなのに、こんなに性格が合わなかったり、嫌いな人がいたり。
人間って贅沢の極みだと思いませんか?
学校もそんな中の一握りの中の縁の一つ。
子供も先生も保護者も。
みんなが仲良しこよしで生活できる方が、珍しいとさえ、思えるわけです。
学校楽しいよ!
と言う子の周りは、きっと雰囲気が似通っていて、思考の方向も比較的みんな同じ向きを向いている場所だと思ってます。
人間なので、そこで何かしらトラブルが起こる事もあり得ますが、そのトラブルにも同じ方向を向いて解決ができる、そんな縁の集まりなのかと。
生きてる上で、好き嫌い、トラブル、相容れないなんてありふれた事です。
でも、それをどうにかして行かなくては、生活は成り立たないですよね。
どうにかするにはどうしたらいいか。
「客観的になる」
一択だと思います。
人の気持ちは分かりません。
イジメが悪いという理屈はわかると思います。
何で悪いかって考えますよね?
人の気持ちを傷つける
嫌な思いをさせる…
色々出てくると思いますが、じゃあ何でイジメをするか、そこまでなかなか考えが到達しないんじゃないかと思うのです。
いじめる方にも何かしら理由があるはず。
(逆もありき。)
何となく腹が立つ
理不尽な理由かもしれません。
でも、「何となく」の部分の理由は必ずあるはずなのです。
そこまで突き詰めていくことができればベストなんでしょうが、自分の子供が関わっていたりすれば、更に客観的になんてなれるはずもなくて。
でもね。
一旦引いて、外の世界から自分の子供を見られる心の強さ。
必要ですよね…。
そう言う私もなかなかできません。
だけど。
誰かを責めてばかりいても、何も変わらない。
よく言われる事だけど。
「相手を変える事はできないが、自分を変える事はできる」
みんな簡単に言うけど、完全に難題です。
でも、やっぱりそれしかない。
客観的にみることができたら、自分を変える事に近づける、そう思います。
客観的に見るために。
まず、相手の悪いところを知る。
そして、相手の良いところを探す。
嫌い、相容れない人の良いところなんて、探す事だけですら苦痛かもしれません。
人間性じゃなくてもいい。
背が高いとか、家が学校から近いとか、ほんとそんな部分からでいいと思うの。
そんな些細な事から、連想ゲームのように探していくと、ちょっとずつ見方が変わっていくかもしれない。
何も変わらない場合もあると思うけど、それも一つの気づき。
何か心にふと落ちたもの、それが何かの手がかりになると思うのです。
ほんの数分でいい。
嫌いな人のいい所、探してみてください。
*本日もお読み頂きありがとうございます。
今までの学校シリーズも、ぜひ目を通して頂けたらとうれしいです。
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