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E28:なぜに、その試練を我に? その2

あなたは、犬派?猫派?
この質問に今は、「猫派」と答えるようになった。
「もちまる」も「タイピー」もあんなに有名になる前から、ずっと見ている。

そう、僕は
「他人様の猫を、ずっと見ている」

猫好きをはっきりと自覚したのはここ10年。
それまでは柴犬が好きで、職場で使っていたマグカップも柴犬がプリントされたものだった。

僕がずっと猫を好きになれなかったのは、
昔「おかぐちや」で飼っていた、
シャム猫の女の子「ニャン子さん」の影響が大きい。

人に何か悪さをするとか、引っ掻くとか、そういう子ではなかったが、とにかく幼少期の僕からみると、彼女は「不気味」そのものだった。

今思えばかわいそうなことをしたが、あまりに僕が怖がるので、ばあちゃんは、長期休みに僕らがやってくると、ニャン子さんを隅の部屋に隔離した。その部屋からかわいい声でニャーと鳴くならまだしも、喉をゴロゴロ鳴らしながら、まるで、【鬼ババアがうがいしているみたいな声】で「ゴロゴロ、ほ、ほ、ほにあああ!」と不満たらたら鳴かれると、かわいい! という感覚には全くなれなくて、気味が悪いだけだった…。

ニャン子さんにしてみれば、「あんたねぇ、ここから出しなさいよね。全く誰のせいでこうなったと思ってるのよ!」ということなんだろうけど…。

小学校も高学年になるとさすがに隔離する事はなくなったけれど、ニャン子さんの行動はますます理解不能だった。

ある夜、階下の方でガサガサ音がするので、怖がりのくせに、気になるものだから、僕は下へ降りていった。

ガサガサ
ペチャペチャ
ムニャムニャ

(いったい何の音だ?)
泥棒だったら危険だけれど、そういう感じでもない。 

恐怖と好奇心…。
芥川龍之介の『羅生門』に出てくる、あの下人みたいな心境で、下の部屋を覗いた。

ふと目が合った。
暗闇で、不気味に光る目ん玉ふたつ……。

ぎゃああああああ……。


小学生の僕は、文字通り腰を抜かしてしまった。

その声に驚いたのか、ニャン子さんはものすごいスピードでどこかへ逃げてしまった。電気をつけると、ばあちゃんの「オブラート」が無残な形で散らばっていた。

最近はカプセル薬が主流になったが、40年前はまだ粉薬がたくさんあって、ばあちゃんはオブラートを使って服んでいた。ニャン子さん、どういうわけだか、そのオブラートが大好きで、夜な夜な隠してあるオブラートを執念で探し出しては、「食い散らかして」いた。ばあちゃんはそのせいで、何回も新しいオブラートを買い直す羽目になった。

「こんなもの、何が美味しいのかねぇ?」
ばあちゃんも首をかしげていたが、食い散らかして、ドゥルンドゥルンになったオブラートとはもう使い物にならなかった…。

「夜中に暗がりでオブラートを食い散らかす」
「使われなくなったショーケースの中で何かの標本みたいに眠っている」

もちろん、猫にとっては猫なりに、食の好みとか、暑さしのぎの都合とか、そういうものがあったに違いないが、どうしても一つ一つが不気味なものに映ってしまって、正直言って小学生の僕には、そのかわいさを理解するには難しすぎた…。

彼女のかわいさを理解できないまま、仲良くなれないまま、ニャン子さんは僕が中3の頃、天に召された。


※※※
それから約10年後、20代の僕が
職場の帰りに駅までの道をのんびり歩いていたら、どこからか猫の鳴き声がする。

慌てて周りを見渡しても、あたりは田んぼだらけである。
キョロキョロしていると、僕の靴の周りをかわいい仔猫がまとわりついていた。

「ごめんね、うちのアパートは猫飼えないんよね」
と話しかけながら、その場を去ろうとすると、なんとその仔猫、田んぼのあぜ道を僕と一緒に、駅までずっと歩いてきた。

僕はなんだか切なくなった。脳内では「スタンド・バイ・ミー」のテーマ曲が流れ始める。

「ごめんね。どこの誰だか、君の事はわからないんやけど、お兄さんはこれから1時間かけて電車に乗らなきゃあかんし、さっきも言うたけど、うちのアパートは飼えないんよね。だから残念だけど諦めてや」

「ミャー」

僕の言葉にはお構いなしに、ずっとまとわりついてくる。
(改札の中まで入ってきたらどうしよう)
そんな心配をしたが、空気を読んだのか、僕が改札内にはいると寂しそうに背を向けて去っていった…。

また、仲良くなれなかったな…。
ただ、僕はその時初めて、猫をかわいいと思った。

猫、飼ってみようかな。
一瞬だけ、そう思った。
ただ、それも一瞬。
相変わらず僕は犬好きで、犬の写真を見ては癒されていた。



※※※
ところが
10年くらい前から、やたら、「かわいい猫と戯れる夢」を見るようになった。

昔のアイフルのCMじゃないけど、近くのホームセンターに行っては、気に入った子をずーっと眺めているおじさんになった。

さて、どんな子と暮らそうかな?
なかば本気で考え始めた…。


ちょうどそんな頃、久々恩師と食事をした。先生曰く
「俺、今猫を飼っていて、毎朝5時半に起こされるねん。俺の朝は、猫のご飯の世話から始まる」

強面の先生が、朝の5時半から、甲斐甲斐しくキャットフードの缶を開けてお世話する姿を想像して、僕は思わず吹き出してしまった。

「いいなあ。見たいな」と僕が言うと
「ウチくる? ヤツは人見知りやから、お前の事は最初、相手にせえへんと思うよ」
そう言われつつも、僕は喜んでお邪魔させてもらうことにした。


しかし……。

実はその頃から僕は
猫がそばにいると、少しだけクシャミをするようになった。いや、たいしたことはない。ただそれが、ちょっと気にかかっていただけだ…。

先生のおうちにお邪魔すると、そこに彼はいた。
彼と一緒に遊びたかったけれど、やっぱり先生が言ったとおり、僕は歓迎されることも、相手にされることもなく、ずっと部屋の隅で、警戒されていた。

3時間ほど滞在していると、やはり少しクシャミをし始めた。
そして、異変に気づいたのは奥さんだ。 

「あら? 源太さん、少し顔赤くなってない?」
「そうですかねえ?」
続いて先生も
「あれ? お前、ちょっと立ってみ?」

「うわーあああ!」
「キャーあああ!」
ご夫婦2人の声に驚いて腕を見ると、僕の腕はきれいな「まだら模様」になっていた…。

あんなに大慌てになった先生を見たのは初めてだ。 
こんな時なのに、ちょっと笑ってしまった。
僕は、奥さんと2人がかりでそれこそ体中をコロコロされて、
服のまま掃除機であちこち吸われて、早々にお家を出された。

幸い大事に至らず、翌日にはきれいに治った。
ただ、これはさすがに、後日検査をした。


ところがである。
不思議なことに「猫」の項目はアレルギー無反応だった。

ねえ、なんで? なんで?
僕は、「君」とは一生暮らせないのかい?

ニャン子さん? 四半世紀前のあの子?
ひょっとして、向こうで怒ってる?
ご、ごめんよぉ……。

お読みいただき、ありがとうございました。
【エッセイ 28】


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