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彼は何と闘っているのか?:『なぜ君は総理大臣になれないのか』先行視聴直後の所感

 朝日新聞から、ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」を観て映画紹介記事にコメントして欲しいと打診され(有料記事ですみません。後日紙にも掲載予定)、二つ返事で承諾した。

 公開したて(東京・中野のポレポレでは即日チケット完売とのこと)なので、ネタバレ(ドキュメンタリーだが)に配慮して、短めのコメントだったので、ここでもう少しだけ説明して、本格的レビューの「助走」にしておくつもりである。映画評には、「作品としての出来はどうなのか?」という土俵があるからだ。
 まず、ここでは「このドキュメンタリーによって喚起された問題の数々」をスケッチしておこう。

 高い志と理想、清心なたたずまい、利権と無縁な政策志向、国会でのえぐるような質問能力(ネットでは「統計王子」と称されている)・・・いずれをとっても、この映画の主人公である小川淳也議員は、普段唖然とするような政治家の醜態を見せつけられている我々に、「ああ、こういう議員もいるんだな」という「ほっとする気持ち」をもたらしてくれる。

 しかし、同時に気になったのは「党内で出世できないんですよ」、「仁義だけでやり続けられるのか」「母親からは早く息子を返してくれ(政治家なんて辞めさせて)って言われてます」・・・といった正直な独白の示すものだ。ここは、私にとって「スイッチ」だった。

 俺は田舎から出てきた秀才で(香川県立高松高校→東大法学部)、この国をなんとかせんといかんと霞ヶ関に行った(総務省)。しかし、役人では世界は変えられないと、32歳で出馬。あれから16年経つが「天下を取れない」。

 こういう脱藩官僚系の野党政治家は、少なからず散見される(同郷の玉木雄一郎議員、また我が尊敬する友人である福島伸享元議員もそうだ)。30年に1人ぐらいの逸材で、それも自民党という枠を選ばなかったというエスプリにも親しみを感じる。だから、私はそういう政治家を応援している。これは、この論考の前提である。

 視聴後、頭をよぎったのは「彼は出世できない理由を、本当は何だと考えているのか?」、あるいは「優秀で志が高いという部分を摩滅させることなく、同時に、民主政治の基本中の基本である”どんな者も見下すことなく圧倒的な数の友人を作る”という仕事をしているのか?」という疑問だ。

 元高級官僚エリートは、あぜ道のびる田舎の選挙区で「学歴は高くなく、決して陽は当たらないが、きちんと利権を作って、地域の弱者に仕事を振って、面倒を見て、日々の暮らしを支える地方(じかた)の”中間リーダーズ”」と、どういう関係を作っているのか?

 田んぼや畑には近づかず、故郷のナンバースクール(最も優秀な進学校)の同窓会関係という、「その地域で珍しく現金収入を確保している者たち」が作る「お友達団体」に埋もれてしまっているのではないのか?

 「天下をとる」という彼らが自覚的にも無意識においても保持しているだろう仕事のイメージの狭隘さに対しても、「議会の伝統と文化という岩床を一生かけて、泥に塗れて作り、この国にない”野党文化”というものを世に残す」という、また別の志をたてた仕事観は持っていないのだろうか?

 この映画のおかげで、そういう今まで抱えていた疑問、日本の民主政治をきちんと見据えるための問題意識を、一気に言語化するための契機をもらえたと思う。悪は、人にものを考えさせる重要な契機だが、清心なる志がその役割を果たすこともある。

 つまり、この映画を観て「どうしてこんなに優秀でピュアな小川議員が埋もれているのか?」と嘆くのではなく、この映画によって「何を本当は考えねばならないのか?」がまた少し絞れてきた気がするのである。
 これまでに書いた、この映画のテーマと直結する問題提起が、さほど的外れではなかったことを確認できたことも、自分にとってはありがたかった。

 だから、偶然お連れ合いが小川議員のお連れ合いと高校時代の友人だったという大変な僥倖を得られた大島監督にも、感謝する次第である。

 息を吐くように嘘をつく政治家を観続け、本当に辟易している多くのみなさんに、是非観てもらいたいと思う。
  そして、私が抱いた問題をこの映画がはたしてきちんと描けているかどうかを、ご自分の眼で確認していただきたいと思う。

 ※冒頭の映画タイトルをクリックすると公式ホームページに飛べます。

 ※関係者の皆様。ホームページよりスクリーンショットで写真を活用させていただきましたが、何か問題がございましたら、ご連絡ください。即、削除いたします。

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