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「戦後ニッポン」じゃなくてむしろ「大陸的何か」が基盤のタモリ〜近藤正高『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)

 私は、中二の時からのタモリのファナティックだったから、1976年の『オールナイト・ニッポン』の第1部によって(2部はツボイノリオ)、「インテリ風笑い芸の香り」を完全に擦り込まれた。

 週末に、お昼のテレビでやっていた『大正テレビ寄席』に出てくる牧伸二や、コント55号の萩本欽一のやることを「おもしろくねぇな」と思っていた。小学生のころから(ドリフはまた別種目という感じ)。

 だから、オープニングからNHKのラジオ番組『昼の憩い』をパロって『夜の憩い』と称して始まり、軽薄アメリカ人風のインチキ英語で「ミスタァ・タモリィ!ミスタァ・タモリィ!ミスタァ・タモリィー・ショー!!!!+銅鑼の音」で始まる深夜放送は、「俺はいつまでも子供じゃねぇのよ」とか「俺は欽ちゃんなんてどうでもいいんだぜ」という心を満たす、「浅草の東京芸人」文化(これはこれで”寅さん以前の渥美清”とかなると別格だが)と対極にある「大人の遊び」のテイストだった。

 ハナモゲラ語、四カ国語麻雀、ソバヤ・ジャム、NHKツギハギニュース、思想のない音楽・・・etc.

 そして、極め付けとして、ズージャに自分を導いてくれた「リッチー・コール、スタジオ乱入、アドリブ・セッション」でやった、あの伝説の「中国人のやる”イパネマの娘”」、そしてジャズライブで歌う「スピロヘーター・ブルース」は、ビートルズとチューリップと吉田拓郎と井上陽水と天地真理という脳内倉庫に、「ブルース・ジャズ」らしきものを納入してくれた。

 『笑っていいとも!』を30年以上やり続けたという悪夢については、特に何の評論もしたくはないが(ギャラが ”キャッシュ”で毎日支払われていたという都市伝説がある。キャッシュを見ると、基本的には「やる気のない」タモリがちょっと燃えるのだそうだ)、以後あまりテレビを観ない人生となっても、『タモリ倶楽部』と『ブラタモリ』だけは必ずチェックしている。

 そういう「30歳ちょっとのタモリをリアルタイムで観ていた」私のような読者からすれば、本書を読了した時には、「わざわざ戦後ニッポンとか、そういうものと重ね合わせなくてもいいんだよなぁ」という言いたくなるのだ。なんか、「まぁ、それほどのもんでもないんだよぉ」って、タモリがケッケッケと笑っているような気がする。

 タモリにとって、基本的に世界には意味などないからだ。

 だからそんなところよりも、この著者の一番の殊勲は別のところにある。それは、祖父の代から所縁の深い「大陸満州的なるもの」がタモリの精神形成に与えたのではないかと、正しく示唆していることだ。「それだ!」と思わず膝を叩いたのだ。

 もちろん「満州的なるもの」などという文学表現は、もっとたくさんの宝石のカット面を見ないと、しっかりと浮上してこないものだ。そもそも自分は幻のような満州が成立していた時代には、まだ生まれていない。歴史や伝聞や書物でのみ得た満州に過ぎない。しかし、この「大陸的なるもの」という視点は、不思議と何かの予感をもたらしてくれている気がするのだ。

 あのタモリの独特の「ドライ感」、「愚劣な1930年代の大日本帝国的なる狭隘さを冷笑するかのような”ヌケの良さ」、「眦(まなじり)をけっしようとは決してしない脱力感」、「永遠に広がるかのようなフロンティアを前にした人間の矮小性にたいするポジティブな諦念」・・・(侵略された満州の人たちは「北米先住民の気持ち」と同じだろうが)、そういうものが「タモリ的なるもの」の基本トーンを作っているのではないかと、そういう気になるのだ。高田浩吉の『白鷺三味線』の歌詞の「無思想性」と、その対極に位置付けられた、さだまさしの『防人の歌』への揶揄なんかを思い出す。

 そんな妄想をもたらしてくれただけで、(そしてタモリが一度福岡に帰り、また新宿に出てくる経緯のディティールを教えてくれたことなども含めて)実にありがたい一冊だ。タモリのオールナイトニッポンが始まった年に生まれたのに。この著者。

 最近ちょっと寂しいのは、居酒屋で友人四人とやる、「全員が寺山修司のモノマネをしているタモリの物真似をして呑む」という遊びが、昨今まったく持って成立しづらくなっていることだ。
 もう同世代以上の人じゃないと「三上寛がやる青森五所川原の駐在さんのモノマネ」という「会ったこともないのに腹が捩れるほど笑えるネタ」も、共有できる人が激減した。
 「語りだけのレコード」、扇ひろこ『新宿ゴールデン街』のドーナツ盤を33回転に落として、「擬似新宿2丁目対話」するなんていうのは、今日では絶対に許されないし、PC的に一発アウトだ。

 こういうことを書き連ねると、またぞろボロが出るので、この辺で。
 

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