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アンダルシアに憧れて己の愚かさと人の優しさに触れた話

それは2019年2月、今の夫と結婚する前、まだ付き合って3ヶ月くらいの頃……お互い休みを取れるタイミングがあり、2人で初の海外旅行へいった時のことでした。

目指すはスペイン・アンダルシア地方のグラナダ、そしてジブラルタル海峡を抜けて、モロッコへー

いつかアンダルシアのグラナダに行くのが、私の昔からの夢でした。

そうあれは高校3年生のとき……世界史にハマり、十字軍を退けた英雄サラディン(サラーフ=アッディーン)に恋に落ちたことでイスラム史にハマり、受験科目の中でも一番配点ウェイトの小さい世界史の中でさらにウェイトの小さいイスラム史ばかり復習するという完全に誤った勉強法を繰り返していた若き日々。
そしてある日の授業、ヨーロッパ大陸で最後のイスラム王朝……グラナダを首都にアンダルシアの地に栄えた「ナスル朝」。先生が見せてくれたアルハンブラ宮殿の写真の幾何学模様の美しさに一瞬で心奪われ、ナスル朝がスペインとの戦いに負けヨーロッパ大陸を去るとき、嘆きの丘からアルハンブラ宮殿を眺めて涙したという話を聞いた私は、塾の教室の片隅で、1人密かにもらい泣きしていました。

「ああ、ここまで心動かされるのは、きっと私はナスル朝の生まれ変わりなのだ……」

そう確信した私は誤った勉強法のおかげで受験に落ちまくりましたがたまたま受かった大学の第二外国語でアラビア語を選択、しかし次第に分厚い辞書はただの枕と成り果て、温厚な先生からはやる気ないなら出てけ的なオーラを出され、アラビア文字で自分の名前を書けるようになっただけで終わりましたが、アルハンブラ宮殿への憧れは残る。

いつかアンダルシアに行きたい。ついでに真島昌利作詞作曲・近藤真彦の『アンダルシアに憧れて』という曲がめちゃくちゃ好きで、カラオケで歌っても誰も知らなくて一切盛り上がらないが、気持ちはマッチと一緒である。

そして当時のイスラム人と同じルートでアフリカ大陸のモロッコに渡り、旅が大好きだった世界史の先生が「今までで一番面白い場所」と言っていたマラケシュにも行きたい。

ちょうど付き合ってる人(現夫)も「いつかスペイン行きたいと思ってたんだよね〜!」と行き先が擦り合った。しかも相手はバックパッカー、旅慣れしている。

私もバックパッカーではあるものの「旅が好きだけど旅が苦手」な人である。過去にはラオスで荷物を全て無くしパスポートと財布だけで手ぶらで帰国、アメリカでは飛行機に乗り遅れ空港で一夜を明かし暇だから加入したWi-Fiが3年間解除されてなくて累計2万7,000円請求され、フランスでは道に迷ってデータローミング解除したら携帯代を9万8,000円請求された。(※現在は上限額があるので安心してください)

旅はしたいが1人だと生きて帰れるかがいつも不安……もういい歳の社会人なので若い頃のような無茶もしたくなく、同行者がいるのはこの上なくありがたい。


旅行当日。計画性のない私は、旅行直前は仕事も荷造りも終わらなくて常にほぼ徹夜である。とにかくパスポート、パスポートだけは忘れる訳にはいかない。パスポートを500回くらい確認して、ギリギリで家を出発した。

同行者とは、成田空港で待ち合わせ。モバイルSuicaで最寄り駅の改札を抜け、京成線に乗り換えて15分くらいして席が空き、「ああよかったパスポートも持ってるし無事間に合いそうだ、」と腰をおろして一息ついた瞬間……ふと、嫌な予感が走る。

あれ、私、もしかして……

手持ちカバンをガサガサと探す。無い。バックパックを漁る、隅々まで漁る。入れた記憶が一切ないからある訳ないんだけどそれでも一縷の望みを託して探す、無い。


財布、忘れた。


完全に忘れた。


買い物しようと街まで出かけたサザエさん並みに忘れた、しかし残念ながら私の行き先は近所の街どころかアンダルシアである。

日本円とかそういう問題じゃない。クレジットカードも何もかも忘れた。
海外じゃひのきの棒ほどの威力もないモバイルSuicaしかない。


早く同行者に言わなければ……いやしかし曲がりなりにも付き合ってまだ3ヶ月、海外旅行費を全額借りるって……さすがに申し訳ない、辛い。とりあえずTwitterに投稿する。

私は辛いときも悲しいときも、どんなときでも、友達よりも恋人よりも誰よりも先にTwitterに報告・連絡・相談してきたタイプのクズである。
しかし現実逃避している場合じゃない。もう家には戻れないほど遠くまで来てしまった、いつかは言わなければならないのである。着いてから言って変な空気になるよりマシだろう……相手にLINEする。

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私の動揺が文面から見て取れる、てか「俺も忘れそうになった」って何やねん、危なすぎる。2人で忘れたらこの旅はマジ終了、GAME OVERである。いやてかごめん、私がごめん。

空港に着いて会うなり速攻謝罪したが、笑って許してくれた。優しい人でよかった……好感度が上がる。「これで俺が財布無くしたらこの旅終わるよねーー、ハハハ!」と言いながら、財布を取り出してカフェラテを奢ってくれた。

無事に出国審査も終え、いざスペインへの空の旅へ。
お互いバックパックで荷物も少ないので、荷物は預けずに全て機内に持ち込んだ。

これからフランスのシャルル・ド・ゴール空港を経由してバルセロナへ。1泊2日でサグラダファミリアやグエル公園を楽しんだあと、いざグラナダを目指す。そのあとは海路でモロッコへ渡り、シャウエン・マラケシュを回り、カサブランカから日本へ帰る道程である。

機内食も美味しいしCAさんは優しい。快適な空の旅である。数時間が経過し、同行者が映画でも観ようかとチャンネルを物色しはじめ、徹夜明けの私もそろそろ寝ようかなーー……と目を閉じようとしたその時である。

同行者がつぶやく。「あれ?」

ガサガサしながらつぶやく。

「あれ?」

「俺、」


「俺の、財布もない」


いやいやそんなバカな、成田空港でカフェラテ買ったし。ちょっともう1回ちゃんと見てみなよ。ズボン、上着、手持ちカバン、あらゆるポケットを隅から隅までガサガサと探す。探し続ける。


無い。

どこにも無い。



同行者の財布がどこにも無い。



同行者がつぶやく。


「まあいいや、どっかにあるだろ。映画観よ。」


いやどっかにあるだろじゃねえよ。映画を観るな、現実を見ろ。
その辺に無かったらもう十中八九ねえよ。


「無いなら無いで、無いことを確定させてどうするか考えなきゃいけないから、ちゃんと全部の荷物探そう。」


普段、私は常に余裕なく常にテンパっているような人間だけど
えるしってるか、人間は、こういうときだけやたら冷静になる。


上の棚にあげていた同行者のバックパックを引きずり出し、あらゆるポケットを隅から隅までガサガサと探す。探し続ける。


無い。

どこにも無い。


私の財布も同行者の財布も、どこにも無い。


正確には、着いてから現金を分散させるための同行者の空の財布が2個あった。旅慣れしてんのかしてないのか分かんねえよ、なんでだよ。


あらゆる場所を捜索した結果、私のパスポート入れの奥底にひっそりとあったアメリカ旅行のときの残りの38ドルだけ出てきた。


それ以外は何もない。
行きと帰りの航空券以外、何もない。
宿は幸いにも初日のバルセロナと、翌日のグラナダだけうきうきとアルハンブラ宮殿内の老舗ホテルを予約してもらってたけど、どうやって翌日にグラナダに行くんだよ。
ずっとバルセロナならまだしも、よりにもよって帰りはカサブランカ発の飛行機だ。

そして同行者も英語が全くできないが
私も最新のTOEICスコアは420点、アラビア語に至っては挨拶と自分の名前の書き方くらいしか覚えていない。


手元資金は10日で38ドル
伝わらない言語
スタートはバルセロナ
ゴールは海を越えたカサブランカ


憧れのアンダルシアの旅から一転、
突然の猿岩石のはじまりである。


私「……マジで」
同行者「……マジだな」
私「どうしよっかwwww」
同行者「いや、どうしようねwwwww」


笑ってる場合ではないのだけど、
えるしってるか、人間は、追い込まれると笑いが出る。

ネットも繋がらない機内でどうしようか?を5往復くらい繰り返したあと
「出来ることを挙げていこう」とあらゆるフローを冷静に洗い出して行く。

バルセロナに着いたら時刻は夜になってしまう。
乗り換えのシャルル・ド・ゴール空港の滞在時間はわずか1時間。
その1時間で、どれだけの対策が打てるかが勝負だ。

① 領事館にいく

すぐに思いつくのはこれだろう。しかし盲点がある。
会社員が旅行するのは、大体にして土日発なのである。
そして領事館は土日休みである。

我々が出発したのは土曜日、そして時差で巻き戻り、バルセロナに着くのも土曜日。領事館が開くまでの2日間、一体どうすりゃええねん。

そもそも領事館がどこにあるかも分からない。計画性のない2人、スペインのガイドブックも買ってたけどそういえば日本に忘れた。

断腸の想いで、隣の席の老夫婦に「あのすみません……ガイドブックを貸していただけませんか……?」と話しかけ、借りたガイドブックから、領事館の住所と電話番号のページを携帯で写真に撮っておく。
土日の緊急用の電話番号も載っていたけど、きっと慰められるだけで終わるだろうなという気がする。

2人で目配せしながら(隣の老夫婦に、お金借りられないかな……?)は脳裏をよぎったが、さすがにそこまでの勇気は出なかった。

ちなみに大使館は首都のマドリードにあり、バルセロナにあるのは領事館である。(豆知識)

②  CAさんに助けを求める

とりあえず、日本人のCAさんに相談してみる。

同行者「あの、すごく変なご相談なんですが……彼女が財布を忘れまして、僕も空港で財布を無くしまして、2人とも今現金もカードも無い状態でして……」

CAさん「えっ、2人ともですか?!」
当然の疑問である。

このCAさんがすごく手際よく、かつめちゃくちゃいい人だった。
まず、特別に成田空港にメールか何かで同行者の財布のありかを問い合わせてくれた。無事、手荷物検査場で見つかった。現時点ではどうすることもできないので果たして無事といえるのかは微妙だが、とりあえず盗まれていなくてよかった。帰りに取りに行こう。

そして「もし着いてから、何も食べられなかったら大変なので……」と、機内食の予備のパンや、私物のお湯に溶かすスープ、お菓子など、袋いっぱいに詰められるだけの食べ物をくれた。
私物の日本食、恐らくご自身も楽しみに持っていた貴重なものだろうに……本当に本当にありがたい……

そして同じくシャルル・ド・ゴール空港を経由してバルセロナで降りる同僚のスペイン人のCAさんに事情を説明してくれて、この人が降りてから付き添ってくれたのだった。

③ Twitterに助けを求める

繰り返すが私は私は辛いときも悲しいときも、どんなときでも、友達よりも恋人よりも誰よりも先にTwitterに報告・連絡・相談してきたタイプのクズである。こんな時こそ、Twitterではないだろうか。

そして私には、イギリス在住アーティスト・フォロワー1万人越え(現在は1.5万人越え)の姉、@yoookdがいる。何か、現金送付手段とか知ってるかも……。そしてフォロワーの方には、ヨーロッパ在住の日本人が多い。もしかしたらバルセロナに住んでいて、助けてくださる方がいるかもしれない……旅行予定は10日間な上に2人でカサブランカまで行くとなると結構な額になるので、1人に借りる訳にもいかない。

飛行機の中でTwitter文面を書いておき、シャルル・ド・ゴール空港に着いた瞬間に、ツイートをする。

今読み返しても図々しすぎるお願いであり、もう炎上覚悟である。しかし、もうなりふり構ってはいられない。このままでは猿岩石である。私も会社員である以上、何か変なニュースになる訳にはいかない。

そしてツイートした瞬間、姉に助けを求める。

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バルセロナに知り合いはいないそうだが、姉が私のツイートをRTしてくれ、親切なみなさまによって拡散されていった。大変申し訳ございません……

そして本当に泣ける話なのだけれど、見ず知らずの何人もの方が「私バルセロナにいるので、何かあれば連絡ください!」とDMをくださった。

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そんなことおっしゃってくれる人が本当にいるなんて……。みなさん一様に「自分も過去に、旅で誰かに助けられたことがあるから」とおっしゃってくださった。

そうだよなあ、今までもずっと、旅はいろんな人に助けられて来たよなあ。

5000%自分たちの過失だし叩かれて当然だなと思いながらツイートしたけど、批判的なコメントは私が見た限り「いや大使館行けよ」的な1件だけで、あとはびっくりするほど、情報をくれるコメントや心配してくださるコメントばかりだった。Twitterが私の知ってるTwitterよりもずっとずっと優しい……。姉のTwitterのフォロワーさんにすごく良い方が多いのだと思う。身内を含めてのことではあるけど、良い人の周りには良い人が集まるのは本当だなと思った。

そして姉のTwitterのコメント欄に、みなさんが有力な情報が寄せてくれる。

「ウエスタンユニオンという金融機関なら、入金してもらえればパスポートだけで現金が引き出せる。」「窓口はスペインの各地にあるよ。手数料は高いけど。」

な、なんと……!それを使えば、家族から送金はしてもらえそうだ……!!あとは、送金してもらうまでの当面の滞在資金をどうするかである。

④ Tさんに助けを求める

「そういえばぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」飛行機の上で思い出した。
SNS漬けの私が、出発前にインスタにガウディ風のネイルをアップしたときのことである。

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Tさんがバルセロナにいるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーー!!!!!!!!!!!!

Tさんは元うちの会社の役員秘書までされてた方である。そしてちゃんと飲みにいったことは私の記憶にある限り1回しかなく、助けてもらうには図々しすぎる関係性ではあるが、これも何かの縁と思おう思わせてください大変誠に申し訳ございません。

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即レスをくださった。神様……?

⑤ バルセロナ空港で助けを求める

本当に最後の最後の最終手段として、iPadに日本語で助けを書き込んで掲げて、親切な日本の方の助けを求めようと思った。(※やりませんでした)

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結局、どうなったか??

バルセロナ到着後は、付き添ってくださったスペイン人のCAさんが電話を貸してくれて、バルセロナの日本領事館の緊急連絡先に電話。しかしやはり土日ではあるので「盗難や犯罪など本当に緊急の場合しか対応できません」ということと、Twitterで聞いてた情報と同じウエスタンユニオンの利用を案内されただけではあった。
CAさんには心から御礼を言ってお別れ。「どうしようもなくなったら、ここに連絡してね〜!!」と電話番号のメモをくださる。会う人会う人、なんて本当にいい方ばかりなんだ……。

そして手元にあった38ドルで市街までは行けたので、カタルーニャ広場でTさん&Tさんのお友達と合流。
同行者も元同じ会社であるため「ていうか2人、いつから付き合ってたの?!」となる。あと、Tさんのお友達の旦那が姉のフォロワーで「TwitterでRT回ってきた」と言われた。
そして当面のユーロを貸していただいた。「バルセロナ、スリが多いから気をつけてね〜!良い旅を!!」とお別れ。TさんそしてTさんのお友達、この節は本当に本当に本当にありがとうございました。

そしてTwitterで教えてもらったウェスタンユニオンで、それぞれの家族に送金をお願いする。私は相談していた姉に、同行者は家族LINEに送金依頼をしたところ、オレオレ詐欺を疑われて「家族しか知らない情報を3つ答えよ」とか質問されていた。
同行者の妹さんがちょうど海外に行く1日前で、ギリギリのところで入金手続きをしてくれた。ありがたや……

ちなみに万が一海外で財布を無くされた場合の対応を、Twitterでみなさんからいただいた情報を元に以下にまとめましたのでご参照ください↓
※このような事態のなきことを心から祈っております

こうして我々は、数々の人々に数々のご迷惑をおかけしまくりながら、無事にサグラダファミリアを眺め、憧れのアンダルシアに辿りつき、ジブラルタル海峡を渡ってモロッコへ。マラケシュで同行者の鞄を開けてるスリの子供と目があったけどまあそれくらいで、無事にゴールのカサブランカまで辿り着いた。どの街も魅力的で、とても楽しかった。

憧れのアンダルシア……山々に囲まれたグラナダの街はどこを切り取っても可愛くて、朝のアルハンブラ宮殿は、本当に息を呑むほど美しかった。いろいろあったけど、この景色が見られてよかった。

日本に帰ってくると、雪が降っていた。モロッコとの気温差が激しい。最後に同行者に聞いてみた。

「この旅で、何が一番楽しかった?」

「財布無くしたこと」


……まあ、そうだよね。


帰国してからは方々への借金返済と謝罪&御礼行脚でしたが、人の優しさや、インターネットの良さに触れられた出来事でした。スマホの無い時代の旅だったらのたれ死んでた……
あの時助けてくださった方々、メッセージやコメントをくださった方々には改めて心より御礼をお伝えしたいし、人間不信に陥りそうになったときにはこの出来事を思い出して、この世に感謝の正拳突きをしていきたいです。

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