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自分の現住所が言えない被告人。その意外過ぎた理由と犯行内容との繋がりとは 傍聴小景 #129(器物損壊)

先日、傍聴の大先輩である阿曽山大噴火さんのXにて、被告人席に座っているのが証人で、被告人がいないことに弁護人も検察官も気付かなった的なポストがあった(記憶に頼っているので正確かは不明)。

ちなみに大阪では、もう1年くらい前かな、裁判が始まって、目の前の人物が起訴された人物と異なることが発覚して無罪が言い渡されたことがあった(はず)。これも直接見れていないので、確かくらいの情報だけど。

裁判には人違いが無いように、人定質問という手続きが取られる。そんな人違いなんてあるかいなとも思うんだが、何千件に1件くらいできっとあるのでしょう。

今回は、人違いとは違うけど、人定質問で起きた珍事からわかった、ちょっと珍しい事件の話。


はじめに ~その住所はさすがに覚えてない~

罪名 :器物損壊
被告人:40代の男性
傍聴席:4人(傍聴した1回)

被告人はやや細身で背が高く、虎刈りの眼光鋭めなお兄さん。身柄拘束された状態で法廷に入ってきました。

開廷されると前述の通り、まずは人定質問という手続きが取られます。

・氏名
・生年月日
・本籍(外国人なら国籍)
・現住所
・職業

が聞かれます。

多くの場合が、傍聴人がいる前で口頭で答えるのですが、そうでない場合もあって。
裁判官の聞き方として「起訴状に書かれてた現住所、本籍に間違いはありませんでしたか?」と聞く方もいれば、事件の内容によって公開の場では秘匿とされ起訴状を見せられ間違いないか答えるパターン、または被告人が頑なに答えないというものもあります。
最後のケースは弁護人に確認して、問題なければ裁判は普通に進みます。

今回のケースは普通に口頭で聞かれていたのですが、そこで一悶着がありました。

裁「住所は?」
被「◯◯県◯◯市◯◯」

裁「違いますよね」
被「えっ?」

住所を間違える被告人というのはたまにいるんです。
引っ越したばかりでわからない、交際相手に住まわせてもらっているからわからない、保釈の制限住居だから住所の記憶まではしていない、などなど。
しかし、自信満々に言っているのに違うというのはすごく珍しいケースでした。ただ、その理由はすぐにわかります。

裁「石川県金沢市田上町公1ではないですか?」
被「???」

裁「金沢刑務所ではないですか?」

被告人は現在受刑者でした。そして元々住んでいた住所を言ってしまったところ、刑務所に訂正されたという流れでした。

あー、これ石川県の金沢地裁で傍聴したときの裁判の話です。はい。

服役中の住所というのは、死刑、無期懲役刑の人、そして一人暮らしだった人に関しては、住所が刑務所になるとのこと。ちなみに、家族などと住んでる場合はそのままのようです。
ってか、刑務所の住所なんて覚えておらんわな。僕も大阪地裁が家みたいなもんだけど、住所覚えてないもんなぁ。

というわけで、現役受刑者の方が被告人としての裁判です。
ちなみに、受刑者が被告人というのは少ないですが、たまにあります。多いのは受刑している最中に、娑婆にいたときに行っていた別の事件が発覚してさらに追加の刑が決まる裁判を受けるというもの。

しかし、今回はそうではなくて...。


事件の概要(起訴状の要約)

被告人は金沢刑務所内の室内において、約6kgある机を室内各所に叩きつけ、窓のアクリル板1枚、ガラス窓5枚、合計8万円相当分の損壊行為を行った。

事件自体も刑務所内で行われたものでした。これは珍しい!
イメージで刑務所って血の気の多い人が多いから、中で暴力行為とか事件があったりするのかなと思ったりもするんですが、刑務所内の事件の裁判を傍聴したのはこれが初でした。

よく「俺達の税金でどうして受刑者を食わせなアカンのや」という意見を聞きますが、食わせるだけでなく、備品まで負担させられているとはなかなか想像しにくいですよね。刑務所の備品代って年間予算いくらついているんだろうと変なところが気になったり。


採用された証拠類 ~反省も弁償の気もない~

検察官証拠
被告人は前科7犯で過去10年で4度服役をしている。罪名も、覚醒剤、傷害、脅迫等々粗暴癖が顕著。20代のころは暴力団に入っていたが後に辞めている。離婚歴も5度ある。

刑務所職員の供述
複数の違反を犯したために保護室へ入れた。その際に、「引っ張られたことで足を痛めつけられた」などと言っており、職員が「知らない」というと「知らない訳ないわ、ボケ!」などと激昂していた。
犯行によって割れたガラスの破片を自分の首に当てて「切るぞ」などとも言っていた。

被告人供述
職員への侮辱行為などと言われ保護室に連れて行かれた。
話を聞いてもらおうとしたが聞いてもらえず、冷たくあしらわれていると感じた。金沢刑務所が冷たいと感じたので別のところへ行きたいと思った。窓等に怒りをぶつけても怒りが収まらなかったので、もっと壊してやろうと思った。
刑務所職員の対応が悪かったので反省はしていない。弁償をする気もない

前科関係や、被告人供述の最後だけを取り上げると、どうしようもない悪人という印象。しかし、冷たくあしらわれていると感じたことからの怒りの感情は、なかなか擁護は難しいけど、話を聞いて欲しい寂しい思いの表れでちょっとかわいくも。
キレたらこのような行動を起こす人に対して、仕事とは言え、常に冷静に話を聞く姿勢でいるのは難しいと思いつつ、もしそれでぞんざいな扱いだったのだとしたら、職員さん側も反省することはありそう。だとしても、被告人の行為は許されないけど。

弁護側書証:報告書
刑務所内で医師の診断を受けており、小学生のときに「てんかん」の診断を受けている間接的に今回の犯行にも作用している可能性があるとの指摘。

一時的なうわーって犯行には作用しているかもだけど、「反省していない」と供述する被告人に、その病気の影響と言うのはちょっと無理な気が…


被告人質問 ~受刑者を半殺しにしたことはあるが~

被告人から話を聞きます。
前科関係であったり、見た目はややいかついというか、すぐ手が出そうだなという感じはあるのですが、受け答えは比較的ハキハキしていたので好印象でした。ハキハキするだけで好印象を感じてしまう僕も大概チョロいんですが。

どうやら事件前、刑務作業をしていたところ、被告人としては腰が痛いのに、姿勢を正せと繰り返し強い口調で言われ、それに反抗したのが一つきっかけだったそう。
刑務作業の話を裁判で聞くことはなかったので、もっと詳しく聞きたいところ。

弁「犯行はそれが理由なんですか」
被「それもあるんですが、工場の”親父”が変な人で、自分は喋っていないのに何故か自分が怒られたり」

弁「”親父”って看守のこと?」
被「そうです」

看守のこと、親父って呼ぶのかぁ。みんなそうなのかな。僕が年上女性のことをすぐ「姐さん」って呼ぶのと同じ感じなのかな。

弁「その看守さんって特定の人」
被「Yって人で」

弁「他にエピソードある?」
被「『お前が手紙を出したりするから、他のみんなもするからお前出すなや』とか、『行進のときぶつかるからあんま手を振るな』とか言われました」

弁「あなた刑務所は何回目」
被「6回目です」

弁「これまで同じような注意指導を受けたことは」
被「ないですね」

「他のところはそんなことない」というワードに関しては、刑務所常連だからこその説得力をまさかの発揮。
というか気になったけど、刑務所って地域をまたぐ異動ってあったりするのかな?そんな地域差なんか出るんかね。刑務所で働いている人とYouTubeで対談したいな。

そして、今回に関しては被告人の駄々だとは思いますが、仮に本当に冷徹な対応、人権を無視するような行為が行われていたとしても、何か証明する手立てってあったりするのかな。一応、調べたら判例は色々と出てきたけど、こういうのを学問として学べる学生ってのは本当幸せだと思うよ。

弁「事件に至るまでの他にあったことは」
被「他の看守に足のアザを見せて、痛いって伝えたけど『知らん』とか言われて、窓を閉められて、外で『こいつヤバいな』とか言われました」

弁「どんな気分になった」
被「確かに大きな声を出したり壁を蹴ったりはしたけど、20人くらいで抑えつけられたりして…。確かに前の刑務所では受刑者を半殺しにしたこととかはあったけど

そんなんあったんかい。半殺しって表現、久々に聞いた気がする。
被告人の意見を最大限採用したとしても、確かにイライラしたという経緯はわかるものの、やはりそこから窓を割るなんて行為になるのはさすがに一足飛びの印象。
今後も不安だなと感じざるを得ないのですが。

弁「あなたは、そういう待遇から金沢刑務所から移りたいと思ったと」
被「そうです」

弁「今もそう思っていますか」
被「いや、その後職員もやさしくなって、親父とも仲直りしたんで」

弁「Yとも?」
被「Yとは1回も顔合わしてないから、和解もなんもしていない

被告人視点で微妙な経緯が抜けているから、なんで優しくなったのかよくわからないけど、Yを除く看守とは仲直りをしたらしい。

そもそも看守と受刑者ってどんな関係性なんだろうね。矯正教育する立場なんだから、なぁなぁなんてありえないだろうし、でも人権に配慮した対応は絶対必要だろうし。さっきから被告人の話を聞く度に刑務所で働く方の指導方針みたいなのが気になって仕方がない。

とりあえず僕は膝が悪くて正座が1分とできないのですが、仮に自分が刑務所に入ることになった場合、免除してくれるのかなぁ...、とかよくわかんないことを考えたり。漫画とかで正座する足の上で石を積まれる拷問とか見るけど、その重みというより「そもそも正座が大変そう」と思うくらい、正座がダメなんすよね。

さて、検察官は続いて何を聞くのでしょうか。

検「Yじゃない担当の職員が『落ち着け』と言ったりしてませんでした?」
被「してくるのは、まずは挑発。そして『頭おかしい』とか『やってみろよ』とかそんなのです」

検「Yの対応に対する苦情申し立てなどはしたんですか」
被「表向きはそういうのはありますが、出しても適当に処理されるだけなんで」

検「書面で出すとか」
被「出せないんです。出しても適当に処理されるし」

被告人のことを100%信じるのも、100%嘘だとも言いたくないから、誰か実際のところを教えてくれないか。さすがに、これが100%本当だとしたら、この弁護士は何かしら動かないとダメだろ。俺は弁護士さんの名前メモってるからな!(唐突な脅し)

まぁ脅しは冗談としても、最近法律絡みの活発なニュースが多くてさ。僕がそういうのにアンテナを張ってるだけかもしれないけど。

僕としては、警察や検察のあり方、刑務所のあり方に対して、ニュースになるほど批判の目は向けていないつもりなんだけど、それはそれとしても危機感は持ってくれよとは思っている。もし、実際はこんなに変わっているんですよ!というならそれを見せてくれ。

僕個人としては今回の被告人の主張は、100の内95は思いが通じない中で偏った主張だと思っているけど、5は本当のことと思っている(少ない?)。傲慢さなのか、もしくは優しくすると付け込まれるという危機感からなのか、いろいろな事情はあると思うけど、対応への課題はあると思う。

それはYとか個人の問題でなく、組織の問題だと思う。日ごろ、本当に大変な業務をしていると思うからこそ、組織として見直して図って欲しいんよなぁ。

あれ?何の話だっけ今回。

求刑は懲役10月で、判決は見れませんでした。


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