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妻の初の出産を前に懲役か執行猶予か?被告人の主張と裁判所の判断(執行猶予取消請求) 傍聴小景#86 

今回はタイトルそのまんまです。夫婦で初めての出産を前に裁判に挑むことになった人物の話です。

裁判では「家庭で働いているのは旦那だけです」、「初めての出産なのでとても不安です」などの声を聞くことがあります。本人のみの話であれば自業自得の部分がありますが、それを家族にまで求めるのはやや酷というもの。

そういう環境下で、何を、何故してしまったのか。是非ご覧いただけたらと。


はじめに ~大阪で年に片手で数えられるくらいの事件~

事件名 :刑の執行猶予言渡し取消請求事件
被請求人:30代男性
傍聴席 :11人

今回は裁判の中でも珍しいものを紹介します。「刑の執行猶予言渡し取消請求事件」とは何か。

執行猶予とは、判決においてその刑を執行するのに期間の猶予を与えて、そこを無事に過ごせば判決の刑を受けなくてもいいとするもの。その期間に再度罪を犯して、その事件の判決が禁錮以上で再度の執行猶予がつかない場合は取り消されることになります。これは必ずです。

その一方で裁判所の裁量により取消が判断されるものがあります。これはいくつか要件があるようです。

今回はそのうちの一つである、「保護観察に付する執行猶予判決を受けたものが、その遵守事項を遵守せず、かつその情状が重いか否か」が問われています。

執行猶予にしたはいいけど、事件そのものの原因や、生活の立て直しが困難などの理由で、執行猶予期間中に専門の保護士に面談やプログラムを組んでもらうのが保護観察。事件ごとにいろんな遵守事項があり、それを破ると今回のように執行猶予の取消の検討がされるのです。

なので、今回の場合、裁判にかけられているのは告訴されたわけでないので被告人とは呼ばず、取消請求を受けている「被請求人」と呼ぶのです。

この裁判はすごく珍しい。大阪でも年に片手で数えられるくらいだと思います。


事件の概要 ~ギャンブル依存が故の犯行か?~

今まで紹介していた刑事裁判では、何を問われているか、それにどんな証拠が請求されるかというのが全てオープンになるのですが、この取消請求裁判ではほとんどオープンにされません。

なので、後に行う尋問などを踏まえて、読み解けた範囲でお伝えします。


被請求人は、事後強盗罪で懲役3年の有罪判決となり、その懲役刑については保護観察付執行猶予判決が下された。

ここは恐らくですが、その事後強盗は、ギャンブルをきっかけとした金銭的悩みを解決するために行われた犯行であるとして、保護観察のプログラムとしてギャンブルの依存などに関する規定が設けられたと思われる。

しかし、被請求人には執行猶予の期間中にも関わらず、深夜に現金欲しさと疑われる民家の敷地内に入った住居侵入罪の疑いで逮捕され、その調べにおいてギャンブルを引き続き行っていることが判明した。

これが遵守事項違反であるとして、保護観察付執行猶予の取り消しを求められている。

ってことっぽい。
ギャンブルを辞められないってこと自体は、裁判ではあるあるなのですが、ここから色んな事情が絡んできまして…。


証人尋問 ~検察官の聞きたい点を引き出すテクニック~

出産予定日を翌月に控えている奥さんが証言台に立ちました。
自身の体、そして赤ちゃんのことで精いっぱいのはずなのに、出産時に父親がいないということは避けたい思いが伝わります。

結婚して2年とのこと。被請求人の事後強盗罪の後に出会ったそうです。

弁「旦那さんと一緒にいて、気になることなどありますか?」
証「外出中でも何か気になることがあると、そっちに気がとられるなど周りが見えなくなります」

弁「旦那さんは深夜に出歩くことがあったのですか?」
証「眠れないときに出歩くことがありました」

弁「旦那さんはADHDとの診断を受けましたか」
証「はい」

注意力や落ち着きが不足しているとされる病気の診断を受けているようです。それがイコール犯罪に繋がったり、許されたりするものではありませんが事件を知るには重要な要素のようです。

今後は、証人の親なども手伝ってみんなで被請求人を見ていくとのこと。仮に執行猶予が取り消される決定がなされていても、離婚などは考えていないそう。
現在夫の給料は30万円ほどで、証人に23万円を渡している。今後は給与明細をもらいながら、証人が細かく管理を徹底することを約束しました。


これから頑張るというはわかるのですが、執行猶予判決を受けていた訳なので、本来であればその時がまさに頑張らなければならない時期だったはず。その辺りを検察官がつつきます。

検「旦那さんが深夜に外出しているときあなたはどうしていますか」
証「寝ていますが、物音で気付きます」

検「注意をしたりしていなかったのですか」
証「夜は暗いから危ないと思ってしていました」

ここで聞かれているのは、そういう一般的な夜道の外出についてじゃないんだよな。行動を慎まなければいけない立場なので、人一倍行動には気をつけなさいと注意しているかって意味なんだよなぁ。

この辺りをしっかり説明せずに、こういうポイントだけ引き出す質問テクニックうまいよなぁ。


ちなみにどうやら事後強盗事件は、夜0時ごろに起きた事件らしい。つまりは深夜の外出は特に強く止める必要があったという話。証人は被請求人が執行猶予中のことは知っていたものの、それが何時に起きた事件かは知らなかった様子。

なかなか旗色が悪くなってきた気がします。


本人尋問 ~示談金の受け取り拒否の理由に涙~

では本人の言い分を聞いてみます。

病気の話を出したから言う訳じゃないですが、見た目はいたって普通の青年。少し説明が回りくどかったり、緊張から話があっちこっち行きがちだけど全然許容範囲。どうやら過去には学校の先生をしていたようです。

弁「どうして深夜に外出したのですか」
被「寝つけず、気を紛らわすためです」

弁「夜に出かけることは多かったのですか」
被「多くはないですが、歩数計のアプリを入れていることもあり」

弁「この日は、どうしてこの場所へ?」
被「夜景が綺麗と聞いていたので、その寺まで一本道だったので」

弁「それでお寺行くだけで帰らなかったのは?」
被「寺が閉まっていたのですぐ引き返したのと、在宅勤務で運動不足だったのと、生まれ故郷に雰囲気が似ていたので少し歩こうと」

歩数計アプリは僕も入れているんですよね。同じやつかな(*’ω’*)?

寝つけなかったから少しを外で気を紛らわせたいというのは分かりますが、僕はせいぜい徒歩でコンビニに行くくらいなんですよね。確かに車でドライブという人も聞きますが、どこかを当てもなく走ったり、どこかに停めてまったりしたりとか?そこから深夜の知らない町を散歩するっていうのは、ちょっと特殊な気がします。

その後、周囲が暗い中、ずんずん進んで行ったら、今回問題とされている家の敷地に入ってしまったらしく、家の人から「ドロボー」と叫ばれてしまったようです。

弁「それで焦って駐車場から車に乗って逃げる途中で、自損事故を起こしてJAFは呼んだけど警察は呼びませんでしたね」
被「事故した車をすぐどかさないとと思いまして」

弁「執行猶予中だから怪しまれるとは」
被「パニックになって、そこまで考えられる余裕も

弁「パニックになりやすい自覚などはありますか」
被「昔から周囲に落ち着きがないと言われていました」

弁「正式に病院で診断を受けようと思ったのは?」
被「これまでは正式に病名を診断されるのが恐いと思っていましたが、妻や子と向き合って暮らしたいと思い」

パニックになったら、まず警察だとは思うんですがね…。
つまりは弁護側の主張としては、とにかく夜の散歩をしていただけで、窃盗などの目的があったわけではない。泥棒と言われて反射的に逃げてしまっただけということですね。

個人の感情としては納得できないですが、1000人いたら実際にこういう人もいるんだろうなくらいの感覚は持っています。ただ彼の場合はそれまでの背景があるから、どう考えても軽率だし、疑われてしまう身だと思いますが。


弁「被害者と示談する際、何か言われましたか」
被「深夜に敷地に知らない人がいたら恐怖だと」

弁「示談書の中の支払の部分に二重線が引かれているのは?」
被「あちらの方が「生まれてくる子どもに使ってあげて欲しい」と(泣)」

なんて、えぇ人なんや…( ;∀;)

弁「あなたのお小遣いは給料から奥さんに渡す額の差額ですか?」
被「正直なことを言うと、妻には少なく申請していました」

弁「それとは別に奥さんからお小遣いをもらっていましたか」
被「将来開業したい思いがあり、2万ほど受け取っていました」

弁「ギャンブルはボートレースですか」
被「そうです」

弁「どうやって購入を」
被「インターネットで

弁「そのためにどこかから借り入れたりはしていませんね」
被「していません」

うーん、ものすごく依存度高くギャンブルしていたわけではなさそうだけど、しっかりやってはいたようだね。普通だったら、お小遣いの範囲内でね、と言えば済むのですが、保護観察中ですからね。


その辺りの突っ込みは検察官に委ねることにします。

検「保護観察の実施計画(遵守事項とは異なる)には、「ギャンブル場に近付かない」、「依存の治療を受ける」と書いてあるんですが」
被「それは知りません、説明を受けていません

検「仮にそうでもギャンブルしてはダメとは思わないんですか」
被「ダメとは思うが、病気の項目にも熱中しやすいというのもあり」
僕(それは言ったらアカン)

検「ギャンブルについて保護士には聞かれていないんですか」
被「日常生活のことしか聞かれていません

検「どうやら月に10万円ほど負けているのが2回ほどありますが、生活に支障はないの?」
被「ありません」

検「更生のために動いてる妻に低く収入を申告するって、自分で計画を台無しにしているのわかりますか?」
被「はい」

検察官としては、保護士としての面談に真摯に対応しておらず、大きく負けるほどギャンブルに熱中しており、金銭的に不安定な部分はあったのだろうと。

ちなみに「ギャンブル場に近付かない」ってことに対して、「説明を受けていない」と主張するのは、まぁ好きにしたらいいと思うんですが、
前の弁護士からの質問で「購入はインターネットで」と言っているのって、「ギャンブル場に近付いてはいない」って意思表示だと思うんですよね。なので、「説明を受けていない」って主張はややちぐはぐしていないかなと思ったり。


その後は敷地に入ったときの状況について。
まずは車を走らせ、山道のある駐車場に停め、そこから30分ほど歩き続けたとのこと。

検「街灯もない道をそんなになぜ歩いていたのですか」
被「夜の空気にあたるのが好きなのと、あと歩数計アプリをやっているので」

検「(写真を見せて)こんな狭い建物の間を通ったようなのですが」
被「本当に周りは暗かったのでわからない

検「わからないくらい暗かったわけですか」
被「なにもやましい思いはないので、ただ足元だけ見ていました」

窃盗の意思があったかは、検察官の尋問や証拠などでは100%絶対とは言えるものはなかったと思います。でも、100%絶対怪しい人と思われて然るべき行動はしています。
前科という情報があるなしでは、大きな差が生まれていまうのがよくわかります。


その後、検察官からは遵守事項(最終的に明確に何かはわからず)を守っておらず、情状が悪質な点。収入の過少申告や、前科が深夜の事件なのに、またもたいした理由なく出歩き、かつ繰り返しギャンブルをしていることから自力での更生意識は薄いと指摘

弁護人は、ギャンブル依存について保護士から指示を受けた事実もなく、子も産まれ、自身の病気と向き合う中で更生の意識は高いとして請求の退けを要求しました。


決定とその後

その後、少し時間を置いて、裁判官は被請求人の執行猶予の取消を決めました。その後、懲役3年の刑が確定したようです。

擁護しきれるものではないと分かっているのですが、やはり厳しいという感情を持つには持ってしまいます。本人というより、これから3年父に抱かれない子が不憫でなりません。


また、そこから数週間後、今度はその「住居侵入」についての刑事裁判も行われました。

こちらも窃盗の意思などなく、ただ侵入してしまっただけと、弁護側は罰金刑を求めたのですが、懲役8月が言い渡されてしまい、さらに家族との距離が離されてしまいました。

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