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楽園の条件 1

 平成22年3月31日付で、25年間勤めた職場を辞めました。周りからは「辞めたらしばらくガタッとくるで」なんて言われましたが、翌4月1日にはもう「昨日まで何も仕事してなかったよねー」つていうくらいに普通でした。まあ、実は出勤していただけで仕事はしてなかったような気もしますけどね。
 その一年前に定年退職した、中路さんというひとがいました。商船大学出身で、ヨット部の先輩でした。ヨット部と言ってもスナイプや470で戦う学生さんみたいなハードなものではなく、勤め先がバブルの頃に買って持てあましていた36フィートのクルーザーヨットを「委託管理」という形でクラブ活動に利用して、淡路島や小豆島へクルージングしていた、そういう部でした。
 中路さんは自由になると、ヨットを購入しました。元はレース用に作られた41フィートのクルーザーで、木造のセンターボード艇です。南太平洋へのクルージングを夢見て「サザンクロス」と名付けられたその艇で、一年後、そう、ぼくが退職した年の春に大阪北港を出航しました。

 5月のある日。中路さんからメールがありました。6月はじめにハワイに入港して、一月ほど停泊するので遊びに来ませんか、とのこと。ハワイ。あこがれのハワイ。この世の楽園、ハワイ。そのヨットハーバーに寝泊まりするなんていう機会はそうそうありません。特に普通の人生を送っているぼくなどにはまずないことです。こういうチャンスに乗らないという手はないですね。それでも一応は十秒ほど考えて、「行きます」と返事をしました。

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