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月イチ純文学風掌編小説第九回 「ガラスケースの内と外」後編

はじめに

こんにちは。吉村うにうにです。普段はエンタメ系の長編小説を書いております。最近は「こんな夢を見たラジオ」に投稿したり、詩を書いたりもしています。
普段書くエンタメ系とは別に、自分の文章の質を磨こうと、純文学っぽいものを書く企画を始めました。今回九回目となりました。きっかけはこちら

前回は「ガラスケースの内と外」前編でした。記事はこちら

それでは、「ガラスケースの内と外」後編です。よろしくお願いします。

「そう言えば、高三になって全然学校に来なかったよな。病気でもしていたの。」 
 彼女はそれを聞いて下を向いた。その鬱蒼とした髪は、垂れ下がり、和樹にはその表情が読み取れないでいる。彼女は顔に手をやって、何かをいじくりまわしてから、ようやく顔を上げた。
「ごめんね、コンタクトがちょっと。私、十八から学校に行っていないんだ。噂、聞いたでしょう。」
 和樹は、同級生の話を思い出す。学校の門のところに、強面のやくざのような男が待っていて、それがどうやら美優に用事があったという話を。
「いや、詳しくは。」
 彼は小さく首を振った。
「私ね、十八の誕生日に、家に帰っていなかったお父さんから連絡が来たの。」
「お父さんって、出張か単身赴任でもしてたのか。」
 和樹は、おどおどした口調で尋ねる。
「違うの。借金抱えて逃げていたの。パチンコや競輪で作った借金。闇金っていう、だいぶヤバい所からも借りていたみたいで、その人たちが学校に来ていたの。その人たちとは、結局仲良くなったんだけどね」
 美憂は目をちょっと伏せてから、笑みを作り、話を続けた。
「お父さんの車に乗って、最初に何て言ったと思う。『美憂、十八になったんだな。これからお父さんは死ぬから、お別れだ。』なんて言ってきたんだよ。」
 和樹は、彼女の父親の意図が読めず、首を微かに傾けた。
「十八になったら、ここいらでは、水商売や風俗店で働けるようになるの、法的に。お父さんはそれを知っていて、私を十八の誕生日にわざわざ呼び出したのよ。」
 最後の方は吐き捨てるように言った。
「そ、そんな。最低じゃん、その親父。で、断ったんだよな、そんな話にはならなかったんだよな。」
 彼は哀願するような目で、彼女を見ていた。美憂はその視線を浴びて座っていることができず、「トイレに行ってくるね。」と何かを口に含んだ声をだして、そそくさと席を立った。


 五分か十分、和樹はじっと待ちながら、かける言葉を声には出さずに練習していた。
「ごめんね。お腹が痛くなっちゃって。」
 美憂は、笑みを浮かべて詫びを口にした。和樹は、首を静かに振って、
「大丈夫。無理しなくていいよ。」と、頬を緩ませて、それと気取られない様に、彼女の顔を観察した。
 睫毛のマスカラはすっかり落ちて、目が一回り小さくなり、頬のチークも薄いものになっていた。彼は気づいた変化を口にしなかった。代わりに、スマホの時計を見つめた。
「また、お茶がご飯でも行こうよ。飲みにでもいいし。」
 和樹は、空っぽの中に虚しく響く別れの言葉を、朗らかな調子で、口から吐き出す。美優は何も言わず、目からこぼれるものを我慢するように、少し上を向いて、鼻を啜って「うん。」と答えた。
「ここのパン屋さん、美味しいんだよ。何か買ってったら。」
 彼女の言葉に、和樹はガラスケースに入ったフレンチトーストに視線を落とす。それは、斜めに切ったフランスパンに白い砂糖がまぶしてあった。
「俺、フレンチトースト好きなんだよ。」
 そう言いながら、ガラスケースに手を伸ばした時、ケースの内側のガラスに蠅が止まっていた。それは、ブーンと飛んで、閉じられた空間を、出口を探して彷徨うようにしていた。やがて、パンの一つに止まり、すぐに慌ただしく飛び立ち、再び外の世界を目指していた。

 和樹は、ガラスケースの把手に触れた手を引っ込めた。
                              (了)

書いてみて

美憂の強いけれども無理をしている感じ、和樹の正論を振りかざせないもどかしさや救いの手を伸ばせない臆病さ、和樹の正直だけれども一歩踏み込めない悲しさが一つに溶け合い、ひとつの恋が終わる虚しさが伝われば良いなと思いますが、いかがだったでしょうか。敢えて説明を入れなかったので、「何の話?」と思われたかもしれません。それでも、この切ない情感を味わって頂けたら、私としては嬉しいです。

最後に

こちらの題材は、以前から温めていたものですが、形になるのか不安ではありました。だからこそ、実験的な「月イチ純文」に出したのですが。恐らく、読者の皆様にはよくわからない作品だったと思います。しかし、作った本人としては、案外気に入っています。自分で読み返すとちょっぴり切なくなる情感に酔っています。

ここまでおつき合い下さり、ありがとうございます。次回はお医者さんの宇似先生が登場します。お楽しみに。

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