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月イチ純文学風掌編小説第八回 「ガラスケースの内と外」前編

はじめに

こんにちは。吉村うにうにです。普段はエンタメ系の小説を書いております。最近は,「こんな夢を見たラジオ」に投稿したり、詩を書いたりもしています。
普段書くエンタメ系とは別に、自分の文章の質を磨こうと、純文学っぽいものを書く企画を始めました。今回八回目となりました。案外続くものですね。きっかけはこちら

純文学って? よくわかっておりませんが、とりあえずマイルールを作って縛りました。今回はこれ

①文章の美しさを意識する(少しでも。これはエンタメ小説にも生きるはず)。文章が美しくなるなら、主語を省略して、誰の台詞かという分かりやすささえ犠牲にする。
②オチ、ストーリー展開を気にしない(してもいい)。意味分からないことも多いでしょうがゴメンナサイ、解説何処かで入れるかもです。入れたら無粋かな?
③心理描写を(できるだけ)書かずに、風景や行動で伝えようとする(これは作家さんによります。太宰治さんなんかは心理描写しっかり書いているようですが、川端康成さんはあまり書かないように見えます。)
④会話文の終わりに〇をつける。
⑤接続詞、副詞をきちんと使う(これは純文というより、自分への戒めです)。
いつものルールにつけ加えて、今回は「?」や「!」をなるべく排除しました。こうした記号に頼らず、言葉で雰囲気を伝えようと頑張ってみました。

それでは、「ガラスケースの内と外」です。よろしくお願いします。

   ガラスケースの内と外
                      吉村うにうに

 待ち合わせは、パン屋のイートインコーナーだった。そこは、ターミナル駅の改札を出た先にある店で、遠くからガラス張りの店内が見渡せる。

 和樹は、店で購入したコーヒーを、木製の厚みがあるテーブルに置き、何一つ見逃さないように、改札口と、奥のショッピングモールへと続く通路を交互に見つめている。

 数分後に、場所を指定してきた美優が、改札口を抜け、真っ直ぐにパン屋の方向を見つめ、和樹を視野の中心に捉えると、顔を輝かせて急ぎ足でやって来た。そそくさと彼女は、パン・オ・ショコラとココアを注文し、トレーにそれを乗せ、彼の向かいのガラスを背にした席に座った。

「和樹君、久し振り。」
 彼女はテーブルにトレーを置くと、敢えて大きな声で呼びかけ、座ったままの彼を無理に立たせて、彼の両肩から手を回してハグをした。

 彼はその行為に、鼓動が早くなるのを感じたが、彼女にされるがままにしていた。ハグの圧力が強いままだったので、だんだんとやにさがった目になり、試しに彼女が両手をほどいた時に、片方の手を握ってみる。彼女は、怒りや困惑の表情を見せるどころか、自然にそうなるべきといった様子で、手を握り返してきた。

 和樹は、高校の時の同級生だった彼女が、こんなに自分に懐いているという証左を指先に感じ、いつまでも離そうとはしなかった。

 美優は、周囲の視線に気づき、恥じらいながらそれとなく手を外して席に座った。
「和樹君、何を飲んでるの、コーヒーなの。大人になったんだねえ……。え、それはどうしたの。」
 彼女は、握っていたのとは反対の手の親指付近に、包帯が巻かれていることに気づく。

「ああ、これはマグロを切っている時に。」
 和樹は『名誉の負傷』をちょっぴり誇らしげに話す。食品工場でマグロの切り身を作る時に、誤って包丁を滑らせた時の傷。それを詳しく話すほど、美優は、心配そうに負傷した手を親指だけには触れぬように両手で慈しむように包む。

「切創用の手袋はしていなかったの?」
「していたさ。包丁が築地にしか売っていない特性のマグロ解体用包丁でさ。切れ味が凄いのなんのって。手袋なんかしていたって、何の役にも立たないね。マグロと一緒にもう少しで親指の御造りも添えるところだったんだ。切れた傷、見たいか。」
 彼は、鼻を膨らませ、彼女の表情を待った。しかし、美優は、眉をひそめ、口元を歪ませながら、かろうじて笑みを保たせた。

「ああ、これで俺も傷物になっちゃったよ。」
 彼女はその言葉を聞いた途端、ビクッと身を震わせ、豊かな黒髪が微かに波を立てた。しかし、和樹はそれに気づくことなく言い添える。

「でも、指導してくれた先輩が『マグロは手を切りながら覚えるもんだ』って言っていたからいいんだよ。それに、その先輩がわざわざ築地まで行って、俺のために包丁を買ってきてくれたんだ。期待に応えないとな。」
 へへっと鼻を啜りながら、冷めたコーヒーに口をつけた。美優は、口元だけは、笑みを浮かべ、
「今度の職場は人間関係いいんだね。前のところは最悪だって、メールにかいてあったら心配だったの。」
 と言った。

「ああ、前の缶工場は、最悪でさ。主任が嫌な奴だったんだよ。『ゴルフ好きか。』って尋ねてきたから、興味ありますって答えたら、無理にゴルフクラブ買わされて、休みの日にはコースに連れていかれたんだよ。しかも『下手糞。』とか『お前とコース回ってもつまらない。』って言われてさ。こっちは休日潰して行ってやってるのに。」
「最低だね、その人。」
 彼女は、彼の気持ちがよくわかるといった風に、何度も相槌を打った。

「しかも、ゴルフに行かなくなったら、ラインの申し送りノートに、俺の悪口を書くようになったんだよ。『沢田が不安全行動をしていました。無災害記録を破ることは避けて下さい。』とか『沢田が手の空いた時間に小説を読んでいます。』なんて書かれてたんだ」
「本当に読んでたの。」
「読むわけないじゃん。ちょっと作業手順を開いていただけだよ。しかも朝礼で課長から『作業内容と直接関係のないことはノートに書かないように。』って言われたら、今度は見えるように薄く消してあるんだよね、絶対わざとだよな。」
 和樹は苦々しい顔をして、彼女を見つめた。彼女の黒髪、腫れぼったい唇、潤んだ瞳は、周囲の喧騒から際立っていて、彼の視線を彼自身が意識すると、眉間の皺が溶け、緊張した頬の筋肉が緩んでいくように感じている。

「高校卒業してから、和樹は頑張っていたもんね。今、いい仕事に出会えてよかったね。」
 この言葉に、和樹は彼女の大きな瞳に吸い込まれそうになった。カラーコンタクトで髪と似合わない青い瞳は大きく、深く、和樹を捉えている。

「あ、あのさ。美優は、今、何の仕事をしているの。どこかの社長と知り合っていろんな仕事をしているって言ってたけど。」
「色々よ。」
 少し考え込むようにしていた美優は、厚い唇を突き出すようにして話し出した。

「昼間は、お酒専門のスーパーで働いて、夜はその時々で紹介された現場に行くの。社長が芸能関係にもコネがあるから『一日だけやってみて。』と言われて、芸能人と関係する仕事もあったかな。有名人の来るラウンジで働いたり、撮影の現場に行ったり。」
 ここで彼女は、突き出した口を引っ込めて、和樹から一旦目を逸らした。しかし、和樹は、美優の『仕事』について聞くために口を挟まず、時間はパン屋の中で、粘性を帯びたように動かなくなった。

「撮影というと、モデルさんがいるのか。」
 彼は、話を再開させる義務があるかのように尋ねた。

「そ、そう。アダルトビデオもね。そこの撮影現場の準備とかを手伝ったりしたの。すごいのよ、二人が行為をしている時なんか、間近までカメラで追ってね。そうそう、知ってるかな。男の人のあれね、液体、ほとんどが偽物なんだって。私、監督に指示されて沢山作ったもん。」
 何かを振り払ったかのように、彼女は口元を品の無い大きさに広げて笑った。和樹の表情が曇っていることに気づく様子もなく、嬉しそうに語っていた。

「夜も働いているんだな。変わった仕事をしているな。」
 和樹は、笑うことができず、呟くように言った。彼自身の頬が、彼女の言葉で赤くなるのを抑えていると、顔を上げづらくなった。

「美優って不思議な子だよな。いつの間にか、変わった仕事で生計を立ててさ。」
 そこまで言うと、彼は高校時代の彼女を思い出そうとした。そこで、高校三年生の半ばから、卒業式までの間、彼女とはほとんど会っていなかったことに思い至った。
               (後編へつづく)

書いてみて

 ちょっと美優の奇妙でちぐはぐな雰囲気が出ていれば良いなとは思います。たまには、こんなちょっと固めの雰囲気が出る文章、いかがでしょうか? 私はこれはこれで、楽しんで書けました。

最後に

 大晦日に執筆しています。この一年、読者の皆さんに読んで頂けて嬉しいなと、思いながら執筆しています。後編もよろしくお願いします。



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